鏡 〜出逢い〜-10
晶は、ベッドに横になり黙って聞いていたが、俺が話し終わると
「よっしゃ!」
ピョンと起き上がり
「菜緒ちゃん連れて遊びに行こか!」
ニカッと笑いながらそう言った。
「な…」
「だっておまえ、俺と一緒に遊びに行こ言うたんやろ?彼女に。」
「約束守ったらな男が下がるっちゅーもんやで!」
「…そりゃそうだけど…」
「ウダウダ言いなや。さっさと彼女誘って来いや。」
いつもの晶がそこに居て、いつもの晶のペースだった。
菜緒に電話をする為に部屋を出る俺の後ろで
「ナンパよりよっぽどオモロそやなぁ〜。ニヒッ」
晶の声が聞こえた。
俺は、施設に電話をすると訪問しない無礼を謝り、菜緒に繋いで欲しいと頼んだ。電話は何カ所かに回された後、菜緒が出た。
「もしもし…」
菜緒の声を聞くのは久しぶりだった。
「彰吾です。仕事中にごめん。」
受話器越しに菜緒の緊張が伝わる。
「前にしてた約束…今夜行けないか?」
「え?」
「一緒に遊びに行こうって…」
「そんな急に…」
菜緒は戸惑っていた。
「晶も一緒なんだ、奴も行きたいって」
我ながらかなり無茶な事を言っている。
「それに…それに…菜緒…君に逢いたい…」
受話器の向こうで菜緒が息を飲む。
「逢いたい…菜緒。今すぐにでも。お願いだ。」
「…わかったわ。」
「本当にっ?!」
「ええ」
クスクスと小さく笑う声が聞こえた。
俺は飛び跳ねそうな気持ちを押さえ、場所と時間を伝えた。
電話を切った後、自然と顔が弛むのを感じた。
部屋に戻った俺は、晶に向け片手を高く突き出すと、親指を立てニッと笑った。
「おっ!上手くいったんやな!」
晶の目が輝いた。
「任せろよっ!」
「そっか、よっしゃ、ほないつもんトコで待ってんで!」
俺たちはパチンと片手を合わせ、晶は帰って行った。
待ち合わせの場所で俺は菜緒を待った。
「こんばんは。」
俺の前に現れた菜緒は、Tシャツにミニスカート、髪は降ろされていた。
施設で見慣れた白衣にアップの菜緒とは全くの別人で、俺は息をするのも忘れて見つめてしまった。
改めて見ると、大きな瞳も長い睫も赤く小さな唇も何もかもが間違いなく菜緒で、サラサラとした綺麗なストレートの髪だけが初めて俺の前で揺れているのだった。
「凄く可愛い…」
本心だった。
「え?やだ…恥ずかしい…」
菜緒は真っ赤になって俯いた。
「本当に、本当に可愛いよ。」
「ぁ、ありがとう。」
照れながらも嬉しそうに笑う菜緒を、俺はたまらなく愛おしく思った。
晶との待ち合わせ場所に向かい、晶に菜緒を紹介する。
「こりゃあえらい別嬪さんやなぁ〜!彰吾にはもったいないで!」
いつもの調子でおどけ毒づく晶を菜緒は愉快そうに見るのだった。
それから俺たちは三人で、道に座って歌う奴らを見物したり、晶の顔見知りの男女が集まる場所で馬鹿話の仲間に加わったりした。
途中、路上でアクセサリーを売っている男から菜緒の為にブレスレットを買った。菜緒が欲しがったシルバーに赤い石の入ったブレスレットを、その男はルビーだと言い張ったのだが、
「んなわけあるかいっ!」
晶はガンとして認めず半額近くまで値切った。
途中、俺は少し恥ずかしくなって晶を止めたりしたのだが、菜緒は一緒になって値切りに加わった。
「こんなに楽しいの初めて。」
菜緒は本当に楽しそうで、俺のボケと晶のツッコミをケラケラと声をあげて笑った。
菜緒が楽しそうにしているのを見ているだけで、俺も楽しく、幸せだな…と思ったりするのだった。
「さて!俺は仕事に行ってくんで!」
晶が立ち上がりそうで言った。
「仕事?」
菜緒が不審そうに訊ねる。
「ナンパ!」
悪ぶれもせず小指を立てる晶。
「ナ、ナンパ…?」
「そや、愛を捜しに行くんや!」
ニカッと笑顔を見せると
「ほな、またな!」
俺たちに手を挙げ、晶は後ろを向いた。
「おっと…忘れるとこやった。菜緒ちゃん、こいつん事よろしく頼むわな。しっかりもんみたいやけどテンでアカンねや。」
菜緒にそう言うと、俺に近づき耳元に口を寄せる。
「ゴッツええ娘やで。俺が保証したる。絶対泣かすな。」
「わかってるって」
「やわな」
パチン、俺たちは手のひらを合わせた。
晶が去った後、俺たちは小高い丘の上にある公園に行った。
足下に街の灯りが広がって
「わぁ、綺麗!」
菜緒が歓声をあげた。
ベンチに座った俺たちは、今夜の出来事を振り返って話した。