第3章-1
このような破廉恥なことが起こるなどと、姉の美咲と妹の沙也香の姉妹は、
老人向けのこのマンションに来るまでは想像もしていなかった。
優しいはずの老人達が破廉恥な人々だということを、思いもつかないでいた。
まさか、このようなことになることなど・・
無垢で素直な姉妹には人を信じればこそ誰も疑わず、
まして疑惑の目で見たり、外観で判断したり、偏見の目を持ったことがなかった。
それは優しい両親の元で何不自由なく愛され、育てられたせいかもしれない。
いわゆる汚れた世界を知らずに育ち、無菌状態だった・・と言うべきか。
この少女達は温室育ちなのである。
この時までは彼女達の身体は汚され、犯されていなかった。
そのタブーな世界も終焉に近づいていた。
日頃から二人は母から言われていたことがある。
「美咲と沙也香や、この世の中には色々なことがあるわ、
辛いことや、悲しいこと、寂しいことも・・・
これから先にね、いろんなことが。
そして、二人はもうすぐ大人になるわ、
だから知っていて欲しい、
私はどんな時でも、あなた達は優しい気持ちを持って欲しいの。
困っている人がいて、もしその人達がして欲しいこと、喜びと思うことを求めたら、
あなた達に叶えられることなら、
その時は、どんな人にでも、心からその人達の力になって上げて欲しいの。
少しのものでも与えてあげて、それは物でも心でも行為でも、何でも良いのよ。
人がそれを嬉しいとか、幸せと思ってくれることなら。
それをすることで、人として生まれてきた意義があると思うのね。
そのことで躊躇したり、悩んでも後で後悔しないように、
冷静に対応して欲しいのね。
でもね、もしそれが嫌なら断る勇気も併せ持って欲しい。
その時のあなた達の心に従いなさい。
それが私の、あなた達に送る言葉かな・・
もう少し大人になってから分かると思うわ」
それは、ずっと前の日曜日の朝の爽やかな日に、
母が二人の為にケーキを作りながら話してくれた話だった。
実際に母は、それを自分で実践してきていた。
実直な母は他人に奉仕することを生き甲斐にしてきた女性だった。
たとえ、人が自分のものを欲しがったとき
彼女は惜しげもなく、それを与えた。
それがもし掛け替えのない彼女自身の肉体だとしても
彼女は与えただろう。
今も、母はその信念を変えていない。
二人にとって母は理想の女性だった。
二人は世の中には甘いことだけでなく、妖しく厳しいこともある、
とは内々には理解していた。
理解し、知っていたと言っても、
それは漠然としたことであり内容を伴わないものである。
言い換えれば、それは幼さ故の無知と言ったら彼女達には酷かも知れない。
現実はそう甘くないのだが。