〜第1章〜 水曜日 レアン-6
‥痴漢行為って、どんどんエスカレートしていくぞ。
僕は争いを好まない平和主義者だが、朝から理不尽な暴力や言いがかりにさらされ、さすがに腹が立ってきた。
「あのなぁ、‥僕の趣味は君の好みに合わないかもしれないが、いちいち言いがかりをつけるのは止めてくれ、‥迷惑だ!」
日頃たまってた鬱憤を吐き出し、僕なりの正論を叩きつける。
この時の彼女の顔を何と表現したらいいだろうか。真っ赤な顔がみるみる真っ青になったかと思うと、再び怒りに紅潮していく。心の隅で、女王が奴隷からつばを吐きかけられたら、こんな反応をするのかな、と考えがよぎる。
−バシッ!!
報いは弧を描いて飛んでくるや、僕の右頬で炸裂した。声も出ないほど痛い。それもそのはず、今朝殴られたところに直撃したのだ。
あまりの痛さにカッと血が上りかけたその時、
―ドクンッドクンッ! −ドクンッドクンッ!!
激しく高鳴る心臓の上で、もう一つの心臓が踊る。
それからの行動は、ほとんど無意識だった。激高した彼女の眼前に凶眼を突き出すや、僕は何事かを叫んでいた。
「ーーーー!」
刹那、宝石の中に、まるで生き物のような瞳が現れるのを見た。それは天敵リーエンを見据えるや、妖しい輝きを放つ。
カメラのフラッシュを見たように、強烈な光が網膜に焼きつき、世界が真っ赤に染まる。
一瞬の空白。
白昼夢でも見ていたかのように記憶が混乱するが、再び世界が動き出す。風に乗って、チアリーダー達の声が聞こえ、忘れていた頬の痛みがぶり返す。
次第に目の前が暗くなり、恐る恐る目を開くと、しっかり握られた手の先で凶眼が揺れていた。それは、もう何の変哲もないただの首飾りに戻っている。
「−はい」
気の抜けた返事が、手の先から聞こえ、僕はびっくりして後ずさった。
怒り心頭の天敵リーエンが目の前にいるのをどうして忘れていたのか。知らず痛む頬をかばいながら身を引いていた。
‥‥‥
‥様子がおかしい。
今しがた僕の頬をひっぱたいた後、彼女はもう一撃くれるべく手を振り上げたところだった。その手がだらりと垂れ下がり、俯きがちに立っている。
「‥ええと、リーエン‥さん?」
「−はい」