THANK YOU!!-5
教室に入ると、まず何人かからの挨拶を返し、黒板に目を向ける。
黒板には一枚の紙が貼ってあった。
その紙は座席表。
さすがに、2年連続で自由とはいかないようだ。
瑞稀の席は、出席番号が後ろの方の為、窓際で後ろから2番目。
前の席にされなかった安心を安堵の溜め息で表した。
そして、自分の席につく。
いつものように、窓の外に見える風景を眺める。
しばらく、そうしていた瑞稀は、ふと自分の世界から帰ってくる。
そのとき、菜美と拓斗の姿がちょうど目に入ってしまった。
今回、二人は隣のようだ。
瑞稀は複雑な思いを感じると、すぐに窓へ目線を向ける。
去年までなら、あの場所に自分が居たのに。
そんな考えしか頭を廻らなかった。
5年の時から感じているモヤモヤ。
その正体がなんなのか。
成長したとはいえ、瑞稀には当分分かりそうもなかった。
ハァ・・とため息をつくと腕を机の上で組み、そのまま頭を組んだ腕で作ったスペースにあずける。
いつまで経っても答えが見い出せない自分に、嫌悪を感じた。
すると、頭に自分のではない温もりが触れた。
だが、起きる気が湧いてこなく、顔だけを向ける。
目線を向けた先にいたのは、他ならぬ拓斗だった。
その拓斗の顔は、少し寂しそうな・・少し歪んでいた。
「・・鈴、乃・・?」
瑞稀は驚きで目をさらに開ける。
先程まで、菜美と話していたはず。
拓斗は瑞稀の声を聞いて、さらに顔を歪めた。
「・・どうかしたのか?」
やっと、それだけ拓斗は自分の口から絞り出す。
「え?」
思ってもみなかった言葉に、驚きの声を上げる。
瑞稀はそこで頭をあげた。それと同時に、拓斗の手が離れた。
離れた温もりを寂しく思いながらも、拓斗に向き直った。
「どうかしたって・・そっちこそ、どうかしたの?」
「いや、お前が元気無さそうだったから・・」
「・・・・」
アナタのせいなんですよ、多分。
そうとは言えず、でも、それ以外にも理由があった気がするが言わないでおく。
心配してくれた拓斗を少し嬉しく思いながら笑顔を向ける。
「何で?そんな事ないよ!ちょっと眠いだけ!」
瑞稀の、その明るい声と笑顔に何を思ったのか・・。
拓斗は再び顔を歪める。
だが、すぐに「そっか」と言って、優しい顔に戻る。
それを見た瑞稀は、拓斗の表情に戸惑ったが、話し始めた。
「そういえばね!さっき転校生と知り合ったんだ!」
「へえ。転校生、今回来るのか。」
「そう!驚いた。あ、女の子だった!」
瑞稀は先程の秋乃の特徴やクールな子。と伝えた。
「クール・・ね。じゃあ、八神とは正反対ってことか」
「ちょっと〜?鈴乃くーん、それどういう意味〜?」
「いや、言葉の通りなんだけどなー」
「おまっ!」
そこまで言うと、二人で笑い合う。
先程までの、瑞稀の複雑な気持ちも拓斗の歪んだ表情も、微塵にも感じられない笑顔だった。
その二人に気づいたクラスメイトたちは、「あぁ、後で冷やかしてやろう」と思いつつ、自分たちの話を続ける。
菜美は、二人を、冷たい眼差しで見ていた。
先程まで、自分が瑞稀のように隣にいたのに。
教室に着いて黒板に貼ってある座席表を見た時、凄く嬉しかった。
自分が、拓斗の隣にいられることに。
だから拓斗が来たとき、挨拶もそこそこに話し始めた。
ちょうど、瑞稀が来るのが遅かったことも幸いして。
だが、瑞稀が教室に入った時、拓斗の目線が、動いた。
今まで菜美を見なかった目線が、瑞稀に向いた。
菜美はそれを見た時、瑞稀のもとに行かせないように話し続けた。
でも、無駄だった。
瑞稀が席に着いたのを確認すると拓斗は席を立ち、菜美の横をすり抜けて瑞稀の席へ歩いていった。そして、瑞稀の髪に触れて、瑞稀が起きるのを待っていた。
そして、話し始めた二人。
その様子は本当に・・・・・。
そこまで考えた菜美は悲しかった。
自分は何故、ここまで拓斗と瑞稀に嫌悪をしなければならないのか。
菜美は、机の上に腕を組み、それによって出来た腕のスペースに頭をあずけた。
だが、先生が来るまで起こしてくれる者は居なかった。