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パワハラ上司 VS 新型うつ新人
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パワハラ上司 VS 新型うつ新人 1

「佐藤ぉーっ!!!」
鈴木主任の金切り声が事務所内に響き渡る。いつもの事だ。
「は…はいっ!!」
「何だこの書類は!?これは外部文書だから様式が違うと何度言ったら解るんだぁ!?」
「す…すいませんでしたぁ!!すぐ作り直します!」
俺は大きな声で、かつ嫌味っぽくならないように気を付けながら謝罪の言葉を口にして頭を下げる。主任の言葉が以前と矛盾しているという事を承知の上でである。この人にはこう対応するしか無いのだ。この事務所に入ったばかりの頃の俺なら「いや、でも主任、前回はこうしろって言ったじゃないですか」と馬鹿正直に反論して更なる怒りを買ったであろうが、俺もだいぶこの人の扱いを心得てきたという事だ…。
結局彼自身、書類の様式なんて本当はどうでも良くて、ただ腹の虫の居所が悪くて、その憂さ晴らしに部下である俺に当たり散らしているだけなんだから、そんなもんにまともに付き合ってたら馬鹿を見るだけだ。

「田中ぁ!!お前、10枚以下の書類はホッチキスで止めろってこの前も言っただろうがぁ!!何クリップ使ってんだコラァ!?」
「えぇ!?で…でも主任、この前は確かクリップを使えって…」
「あぁん!?テメェ!!言い訳すんじゃねえよ!!何自分のミス棚に上げて人の事非難してんだよ!?」
鈴木主任は今度は俺の後輩の田中君を責め立て始めた。非常に誠実で真面目な性格の田中君は主任の言う事を真摯に受け止め、その結果困惑している。当たり前だ。主任の言葉には一貫性が無いんだから。ある程度の矛盾は無視しないと、あの人の下では働けない。

「先輩…俺もう何が何だか解んないです…自分が正しいって事は解ってたはずなんですけど、ああやって大声で間断無く責め続けられてる内に、だんだん何も言えなくなってっちゃって…そのうち『もしかしたら間違ってるのは自分の方なんじゃないか?』って思うようになっちゃって…俺もう主任が間違ってたのか自分が間違ってたのか…ほんと訳解んなくなっちゃって…」
昼休み、可哀想に主任から嫌がらせで大量の仕事を押し付けられた田中君は半泣きで俺に愚痴をこぼしている。これもいつもの事だ。
「なあ、田中君。君はまだ若いんだから、そんな事ぐらいでクヨクヨしてちゃ駄目だよ。俺も君ぐらいの頃にはいっぱい失敗していっぱい怒られたもん。ほら!俺も自分の仕事片付いたら手伝ってやるからさ、元気出せって!」
俺は当たり障りの無い無難な言葉で彼を慰める。本当は教えてあげたい。『あいつは君を責めてるんじゃなくて、ただ機嫌が悪くて怒鳴り散らしてるだけなんだから、まともに聞いちゃ駄目だよ』と。しかし、それは出来ない。
原因は俺と田中君の隣にいる奴だ。
「田中ぁ、お前さぁ、そこまで自分が正しいと思うんなら、もうクビんなる覚悟で鈴木の野郎、一発ぶん殴っちゃえばいいじゃん?ああいうバカはさぁ、一回痛い目見ないと学習しねぇよ?」
ヘラヘラ笑いながら喋っているこいつは高橋。俺の同期だが非常に油断のならない男だ。こいつは一見、非常に朗らかで人当たりの良い男なのだが、その正体は他人を利用する事しか知らない狡猾な男で、今までに泣かされた人間を俺は何人も知っている。口を開けば他人の悪口と下世話な噂話ばかり。最悪な奴なのだが口だけは上手いので、その正体を知らない主任や課長や取引先の重役には“非常に明朗快活な好青年”と評価されている。世の中はおかしい。
この男は主任の腰巾着で、こいつの前で主任の陰口でも叩こうものなら、それらは全て本人に筒抜けとなる。可哀想に…今、田中君が喋った事もいずれ主任の知る所となるはずだ。
非常に真面目で誠実だが気の弱い田中君は、残念ながら高橋の正体をまだ知らない。彼は高橋の事を“明るくて頼りになる先輩”だと心から信じている。皆そうなのだが、騙されたという事を思い知るまで彼の正体には気付かないのだ。教えてやりたい気持ちもあるが、それをやると逆にこっちが嫌な奴みたいになってしまうので、それはしない。高橋は上司達にも気に入られているので、対立しても良い事は何も無い。

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