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イキルミチ
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イキルミチ 1

XX年6月7日○○大学病院 B病棟2階…

「うぅ……」

顔を覆うようにつけられた人工呼吸器を曇らせ、個室の主は腕に付けられた点滴を煩わしく見下ろしながら、寝苦しさに顔をしかめた。
横の掛け時計をみると時刻はすでに深夜3時を過ぎていた。

――昼寝のし過ぎで寝れないな…

寝たきりの生活が続いて今年で5年目。最初は少し体が動かしづらい程度の症状が、この数年で寝返りを打つことさえ難しい状態になるとは思わなかった。


筋萎縮性側索硬化症(ALS)


それが医者から下された病気であった。

簡単にいうと全身の筋肉がゆっくりとやせていき、身体もうまく動かせなくなる病だ。
老いによる筋肉の衰えと違って筋繊維の体積自体が減少するから、筋トレをしようが、症状を遅らせることはあったとしても、治すことはできない難病である。

症状が重度化すると生命維持に最低限必要な呼吸する筋力や食べ物を飲み込む筋力さえなくなっていく。現に今僕は呼吸を周りの機械に任せて、点滴や胃に直接栄養を管で流し込んで何とか生きている状態だ。
数か月前はかすれた小さい声ながらもしゃべることができていたのだが、胃に入れた食べ物が食道を逆流して、気管に詰まる誤嚥を起こして死んでしまうかもしれないと言われ、手術した結果、声を失った。

死ぬぐらいなら声ぐらいなくたっていい…

数か月前の僕はただ単に死ぬのが怖かった。
生存率が5年で20%を下回るこの病で僕は風前の灯のような命を何とか消さぬようにすることだけを考えていた。

だが、それから数か月、唯一お見舞いに来てくれる両親に自分の思いをうまく伝えられないもどかし。腕も挙げられなくなった僕は手話さえすることができず、表情の変化やアイコンタクトだけでしか自分の思いを伝えることができなかった…


――死にたい


息をすることも、誰かと話すことも、思うように体を動かすことできない。そんな当たり前のことを何もすることができない自分に生きる意味を見いだせなくなっていった。

僕の世話をしてくれる看護師や僕の体を何とかしてくれようと奮闘してくれる先生たちをみて、今まではそれに答えようと自分に言い聞かせていた。
だが、自分の体が思うように動かなくなっていくうち、期待に応えられない自分が情けなくて、悔しくて、先生たちの優しさが僕を追い詰めていくようにしか感じられなくなっていった。




――死んで楽になりたい


いや、もう一度生まれ変わって生きてみたい

――神様、僕を殺して


涙が頬を伝っていくのにも気づかず、僕は初めて心の底から神に願った。



 
 



「随分陰気な一生のお願いだな。」

隣から聞こえた男の声に僕は悪寒を感じ、すぐさま隣をみた。
そこには真夜中だというのにグラサンをかけた、30代のスーツ姿の男が椅子に座っていた。

「怯えることはない。私は君にある提案を持ち掛けにきたのだけにすぎない。用が済んだらすぐにここから立ち去るだろうし、もちろん君に危害を加えようなんて気はない。」

強盗や空き巣のセリフにしか聞こえないことを言ってくる彼は営業スマイルと思しき引き攣った笑顔を作った。
結局のところ、第一印象に胡散臭さしか感じない彼に対して僕はナースコールさえ押せない状況にあり、必然的に彼の一方的な話に付き合わされることになる。

面会の時間はすでに終わっているので、明らかに不法侵入だろう。たとえ病院関係者であっても、無断で部屋に入ってこないだろう。
さすがに僕も今の状況でプライバシーがどうとか言うつもりもないし、口が利けたとしてもこの男が素直に従ってくれることはないだろう。
結局のところ、第一印象に怪しさと胡散臭さしか感じない彼に対して僕はナースコールさえ押せない状況にあり、必然的に彼の一方的な話に付き合わされることになる。

「君はすでに自分の寿命がそう長くないことを知っている。だが、その残り少ない人生も今までと同じ惨めで苦痛でしかないものと君はすでにあきらめ受け入れている。」

――お前に何がわかると毒を吐きたいところだけど、事実だしな

「そんな君に私からの朗報だ。君の身体を動けるようにしてあげよう。」

――何言ってんだこいつ、そんなことできるならもうやってるよ。

「もしかして疑っているのかい。しかし、生まれ変わって一から人生やり直すなんて確証のないこと願うよりも堅実だと思わないのかい。」

――まあ五十歩百歩なことだけは確かだな。

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