飛人跳屍 7
白浩雲は、それには眼もくれなかった。法術については覚えあり、ましてやこの一撃は脅しが目的、命中させる必要もないものを、わざわざ確認することもないのである。
彼はただ続けて同じ掌を、李散尽の周囲を飛びめぐる「天旋剣」へ向けた。
「李弟、用心!」
鋭く声を飛ばしたかと思うと、
「もう一度、掌雷!」
これはあまり格好のよくない掛け声もろとも、掌から白い光線をはなった。
――キィン!
高い音をたてて、天旋剣がはるかに撥ね飛ばされた。もちろん、李散尽にはかすりもしていない。
「さっすが、師叔!」
李散尽が脳天気にさけぶ。叫びは脳天気だが、彼自身はこの一瞬に「天旋剣」の攻撃からすばやくぬけだして、宙を駆けて道士のほうへ殺到している。
ぎょっと目をむいた道士は慌てて掌法の構えをとったが、李散尽が再び「李花散尽」を繰り出してきたのを見るとたちまち腰がひけた。半ば、ヤケクソで喚く。
「きさま馬鹿のひとつ覚えか、他の技をつかえ!」
李散尽はげらげらと笑った。
「俺はたしかに馬鹿だけど、せっかくあんたが苦手なこの技を使わねぇのはもっと馬鹿なんじゃねえかって思うんだよな」
道士の顔は、青くなり、赤くなり、それから白くなった。それでも、まだ捕まるつもりにはなれぬとみえて、くるりと背をかえした。……たしかに、身体の向きをかえての全力逃走には、技をふるいながらの李散尽は追いつけない――
「あ、臭老賊(くそやろう)!」
李散尽は舌打ちした。
もっとも、手では素早く剣をおさめ、それからぱっと懐からなにやら取り出している。
「これでも喰らいやがれ」
暗器――と、まあこんな使い方をするくらいだ、そう呼ぶべきであろうが、このとき空をきって飛んだのは金の粒だ。
ただ色として金なのではない。これは「金豆」とよばれる小粒の金……つつましやかな者であれば一家で半年、きりつめれば一年以上でも暮らせるほどの価値がある。
が。
「あ、おい、牛鼻子!いらねえのかよ」
道士は、まばゆい金の煌めきを目にとらえたろうに、石くれかなにかを避けるように身を躱してしまった。
「あーあ、もったいねえ……価値がわからねえやつに、こいつをくれてやるなんて」
が、李散尽のぼやきが消えぬうち、道士はふいに棒立ちになり――ぐらりと傾いたかと思うと、木偶のように力をうしなって落下した。
「おい!?」
突然のことに、李散尽も追う足をゆるめかけたが、相手はいま交わした手だけ考えても相当に強かで、狡猾で、容赦がない。あるいはこれも罠であろうかと用心して、彼はなおも油断せず、しかし足はむしろ早めて道士に迫った。
もっとも、こんな場合にも口だけは軽いのが李散尽である。
「おい老賊、金豆を拝んだのは初めてかい。びっくりして腰抜かしたんじゃねえだろうな?」