PiPi's World 投稿小説

ディストーション
その他リレー小説 - ファンタジー

の最初へ
 15
 17
の最後へ

ディストーション 17

「世話見てくれって頼むから行ったのに、あの子夕飯の支度とかっていって全然遊んでくれないんだもん。遊ぼうよって言っても、『もうすぐお父さんが帰ってくるから』って、ずーっとなんか作ってて」
どっちが子どもだ。
「こんなおもちゃ寄越して、『これで遊んでて』だって。僕をバカにしてるよねぇ」
「まあバカだからな」
それを手にとって見た。それは、とても汚い、といっても決して汚れているわけではなく、あらゆる糸はほつれ、色違いの布をあてられ、体の至るところにハゲを作っている、不格好な熊のぬいぐるみだった。
「どうしたのアッシュ?」
ヨハンが怪訝そうに声をかける。
暴れまわるヨハンが持っていたせいか、不格好な熊のぬいぐるみの目が解れてとれそうになっている。
俺は零れ落ちようとしている瞳を摘まもうとしたが、生来の太い指のせいでうまくいかない。
ヨハンが笑う。大男が指先でぬいぐるみを弄繰り回しているのがおかしかったのだろう。
…勝手にすればいい。
「決めた」
誰ともなしに呟いた。
「行くの?」
笑い収まらぬといった様子でヨハンが訪ねる。
「まあ、けじめをつけろといったやつらの言い分も一理あるしな」
「アッシュじゃその熊さんは直せないし、ね」
「お前ならできるだろ、ちゃんと元通りにして返せよ」
「その気になったらね」
まったく。


―その場所は、ヨハンが知っていた。あの馬鹿治管アーノルドの良くできた娘さんから聞いたらしい。
「太陽の沈む方角から、あいつらはやってくるの」
そう言っていたそうだ。
散々な騒動の間、高く昇っていた日もいつの間にか西に傾いていた。太陽の沈む方角に行くのは、眩しくてどうにもしんどい。手をかざしながら進むべき方角を見失わないように歩いていく。
ヨハンは妙に上機嫌で、とても口に出せないような品性と理性とをなくした歌をくちずさんでいる。
「楽しそうだな、久しぶりに幼女と遊べて元気が出たか」
「だってさ」
否定してくれ。
「久々に、アレ、するんでしょ?」
「ん、まあな」
「アレ僕好きなんだよな。きれいで、大きくて…」
ヨハンの目が、眩いばかりの空に向かう。
瞬きもせずに、真っ赤な空を見上げる。
「世界の破滅より先に、アッシュが全部終わらせてくれるような気がして」
俺は、ヨハンが見れない。
きっと底抜けに笑っているだろうヨハンを、見ることができなかった。
「そんなこと、俺にはできねえよ」
「どうかな?」
抜けたような明るさでヨハンは笑った。
「アッシュ次第だと思うよ」

「どうだかな」
西日が瞳に一層差し込み、何も見えなくなりそうな地平が浮かび上がる。
自分に与えられた能力を思うにつれ、故郷のことを思い出す。思い出となった今、そこでの善意と笑顔しか思い出せない。
決して笑えない過去につながる話を、ヨハンは朗らかに語る。
どうしてこうなったのか、旅の始まりを思えども、両足の歩みは止まらない。

怒りがそうさせた。終わることを予言された世界に、壊れ征く人々。3年後の世界の滅亡を予言されてから、人も世の中も変わり続けている。
生きている間に死ぬ奴らがいると知ってから、怒りの赴くままに旅を続けてきただけだ。これまでも、これからもそうだ。

宇宙船が見えてきた。
初めて見るが、笑えるほど定番の円盤型だった。
夕日で砂漠が赤く燃えるようだった。
そんな地獄のような光景の中、滑稽にも見えるシルエットは、陽炎に揺れて神秘的ですらあった。
「あれだな」
「まあ、あれだろうね」
冗談のように浮かぶ未確認着陸物体を、分かりきったことと知りながら、俺たちは漫然と確認しあう。
懐のライターに、俺は再び手を入れた。
肉体の熱であてられ、それは気味の悪い温度に温められている。
汗ににじんだ掌で、俺はできる限りそれをしっかりとつかんだ。
「やんの?」
期待のこもった眼でヨハンがこちらを眺める。
こいつにとっては、きっと俺ですら、幼馴染の俺ですら風景の一部なのだろうと思わされる。そんな瞳だった。
「ああ」
なるべく、短く答えるのは、身に潜む緊張を悟られたくなかっただけではない。
「そう」
壊れかけのコイツと話していると、自分まで崩れていくようであったからだ。
特に、このチカラを使うときはそうだ。

SNSでこの小説を紹介

ファンタジーの他のリレー小説

こちらから小説を探す