ランドランド〜キラの旅立ち〜 7
「幼いころの記憶でしかないが、父は良い父だった。母にとっても良い夫だったと、母は言っている。賢く、愛情深い男だったと。裏切り者の汚名にふさわしい人じゃなかったと」
少し照れたような笑いだった。彼にこんな顔ができるとは思いもよらなかったキラは、知らず驚きに目を瞠った。
「俺はそれを、まだどこかで信じてるんだ。否定する材料が、俺にとってはまだ足りていないから」
「………」
飄然とした男だと思っていた。
才能を押し込められ、将来に展望もなく、無気力で、諦めきっていると。だから何も望まず、ふわふわと流されるままにいるつもりなのだと。
己の無能に打ちのめされている彼と、同じくらい哀れな男。だからこその共感。
だが、彼の暗い緑色の双眸には、暗く炎の影がちらついている。
「…どうして、オレに話した」
「さあ。あんたが赤裸々に青春語ってくれるから、触発されたのかも」
キラは顔をしかめた。
そんな彼に、クラレイはまた笑った。
「あとは何でかな。俺には何となく、あんたがわかる気がするんだ」
「わかる? さっき、世界が違ってわかんねえとか言ってなかったか」
「わかんねえよ。本質も能力も価値観も。でも信用できるってことだけは、わかる」
妙に自信ありげなクラレイに、キラは首を横に振った。
「…わかんねえ」
「ま、何となくだからな。っても、薄弱だけど根拠はあるんだ。本人にゃわからんだろうが」
クラレイは、ぽんぽんとキラの肩を叩いた。
「とりあえず俺に信用されてるってことで、喜んどけ」
「喜ぶとこなのか、それ」
アカデミーの方から、午後の講義の鐘が聞こえた。
感じていた理不尽な憤りには、小さな決着がついていた。
信用できるという言葉に、喜んでいると認めるのは少々癪に障ったが、決着をつけさせたのは間違いなくその言葉だった。自身の未熟を指摘され、図星をぐさぐさ指されるのも、たまには良いものだ。
答えを出す日が近づいているのを、キラは感じていた。
それから数日後、ジークランド家の貴族にしては慎ましく整えられた食卓についたキラに、父であるセディン・ジークランド卿は開口一番こう言った。
「アリエルの講義をサボったらしいな」
「げ」
ぎくりとキラは肩を縮めた。なぜそれを、と訊ねようとして、すぐに答えに思い当たる。ガラタクル卿は父の親友で、お互い引き受ける部署は文武に分かれているとはいえ、伺候する先は同じ王宮だ。当然、毎日のように顔を合わせている。
「…ちくりやがったなあのオヤジ」