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ランドランド〜キラの旅立ち〜
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ランドランド〜キラの旅立ち〜 46

 今日の彼女は、品のよいシャンパン色のブラウスと、落ち着いた色味のスカートというシンプルな装いだったが、上質の絹の袖にほんのわずかではあるが、焼き菓子の破片の粉がこびりつき、その油がしみついてしまっているのだ。
 騒ぎ立てるということのない姫君が自分で汚すはずもない。まず間違いなく、王のいたずらが原因だった。派手に崩落した菓子の塔の、残骸が彼女の身にまで届いたのだろう。
 幼王は眉をぎゅっと寄せ、唇をかみしめて何かに耐える表情をした。
 むろん彼は、自分のせいだということをはっきり理解していた。
 そのためだろう、我慢の甲斐なく、エインゼルタインの眉はみるみるうちに下がり、唇がわなないた。
 次にあわてたのはキラだった。いや、キラのみではない。アイアダルも、己の攻防に全精力を傾けていたクラレイも、はたと冷静を取り戻し、完全に幼子の方に気をとられている。
 幼い王の泣き顔には、そんな効果があった。この中では、おそらく姉姫よりもキラの方がよく知っている顔だ。
 彼は普通の高貴でわがままな幼児よろしく、自我を通して泣きわめいたりはしなかった。
 かわりに今のように、じっと嗚咽をこらえて、とてつもなく悲しげな表情をするのだ。
 誰もかれも、その悲しみを取り除いてやりたいという欲求にとらわれてしまう。
 これはこれで、上に立つものの資質なのかもしれない。キラはちらりとそんなことを思った。
「ねえさまのお洋服、よごしちゃった…」
 目に涙をいっぱいにためて、ぐす、と鼻をすすった幼王に、姉姫は困ったような笑みを向けた。
「ダメよ、陛下…エインゼル」
 彼女は王を、エインゼルと愛称で呼び直した。弟王も別段気にするそぶりはない。姉弟二人きりのときは、いつもそうなのだろう。
 キラにとっても、その呼びかけはなじみのあるものだった。 
「王様は臣下の前では泣かないの。お義母様と約束したでしょう?」
「かあさま…」
 エインゼルタインは、呆然とした顔で姉姫を見つめた。ぱちりとひとつまばたきをすると、たまった涙の粒が頬に落ちる。だがもう泣き顔ではなかった。
「キラたちが見ていてよ。キラはお友だちだけど、あなたの臣下でもあるの」
「でも、ねえさまのお洋服、すごくかわいいのに…」
「なあに? 姉さまは服が汚れたらかわいくないっていうの?」
 いたずらっぽいアイアダルの言葉に、弟王はびっくりしたように目を見開いた。次いで、力いっぱい首を横に振る。
「ちがうよ! ねえさまはかわいいよ」
 にぎりこぶしで強調するエインゼルタインに、アイアダルはほほえんだ。
「まあ、ありがとう。お世辞でもうれしいわ。優しい王様ね」
 彼女の言葉に、幼王は何かひっかかりを覚えたようだった。お世辞ではないということを主張すべく、彼は声を張り上げた。

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