ランドランド〜キラの旅立ち〜 43
アイアダルとクラレイがそろってキラを振り向いた。彼がいきなり、ぶはっ、と勢いよくせき込んだためである。
この話に(読み物のネタとして以外で)出てくるとは思わなかった父の名に驚いたためと…話を聞いているうちについ普通のお茶のつもりで一気に飲みくだしてしまった王特製紅茶の、奇抜な味とのどごしによるものだった。
「お、おかまいなく…」
かろうじて王家の姉弟と友人の前でものを吐き出さずにすんだ彼だったが、ずっとそうしていられる自信もなく、注視からあわてて顔を背けた。
クラレイは、彼を気の毒そうに見やると、すぐにアイアダルに向き直った。
「…エーキというと、東の山脈の向こうにある」
「ハクラク族の自治区ですね。アズマの属領となることをきらい、竜歴二二九年に我が国と軍事同盟を結んでいます」
地理の講義のような調子で、彼女は応じた。
「会談の内容は、想像がつくでしょう」
彼女はそう言葉を濁したが、キラもクラレイも問いかける必要は感じなかった。戦時に同盟国に出向いて話すことなど大方は決まっている。そして、エーキは今現在も変わりなく、炎の同盟国なのだ。
「…あれ? 前日に山脈の向こうにいたんなら、戦線のこととは関係ないんじゃ」
自治領エーキの場所を正確に把握できているわけではもちろんないキラであったが、ふと首をかしげた。山脈越えには数日かかると、以前父親から聞いた覚えがある。
「ええ、その通り」
よくできました、とばかりにアイアダルはキラに笑いかけて見せ…次いでクラレイに対した。
「むろん、このことはあなたもご存じでしょう。これは公式の記録として、図書館でも調べられることですものね。そしてこの記録を根拠に、風説は今もって風説でしかないわけです」
彼女はきっぱりと言い切った。クラレイに、知らなかったとごまかす余地はなかった。
「その、裏通りの読み物とやらにどのように描かれていたものかは存じませんけれど、クラレイ。あなたはそれを事実無根であると、一蹴することができたはずよ」
彼は小さく息を飲みこんだ。
狼狽している。キラにはわかった。内容に関わらず、アイアダルの口調はごく穏やかなままだ。それでも対峙する者にとっては、舌鋒鋭く追い詰められるのと少しも変わらない。何か隠している場合は特に。
「なぜ、そうしないのです」
――なぜ。
クラレイの様子は、その問いの答えに窮した……ように、キラには見えた。実際、同じ問いに、キラは答えられない。そもそも、クラレイの父が当時戦場から山脈を挟んだところにいた、しかもその記録が残っているなどということは、今日ここで初めて聞いた。むしろ、アイアダルの「なぜ」という質問のほうを、キラ自身の口から発したいくらいである。
が、クラレイは返答に詰まったのではなかったらしい。