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ランドランド〜キラの旅立ち〜
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ランドランド〜キラの旅立ち〜 36

「しかし殿下は、納得されていないんですね」
 問題としてわざわざ挙げたからには、そうなのだろう。アイアダルは目を伏せた。
「卿が直接率いたのは一個中隊にすぎず、また負傷した彼が発見されたのは、攻勢の要となるべき両の砦のどちらからも離れた、戦線のただ中でした。そして三万の炎兵は、特にシノム側に配備された師団は、直前に到着した軍から編成され、統制もままならなかったと聞きます」
 一息に語って、彼女は光をふくんだような穏やかな色の双眼を、まっすぐにクラレイに向けた。
「こうして記録された表面だけを聞いても、不自然でしょう。アリエルの行き先はどこだったのかしら。そして…タルバタナが全軍を結集したとて、三万には及ばないのですよ。それなのに何をおそれて、そうまで急いだのでしょう」
 クラレイは、目をそらさぬよう苦心しながら、言葉をさがした。
「殿下はそのわけを、ご存じない?」
「ええ。推測の他には何も」
「何も? ではなぜ父が…」
 話がその夜だけのことならば、クラレイの父の名が出る余地はない。クラレイの疑問はもっともだった。
「そうですね。そこで訊ねたいのですけれど」

 アイアダルは小さく首をかしげた。
「たしか、民間の風説によれば……はい、陛下、どうなさったの?」
 アイアダルは、ふいにクラレイから視線を外した。
 隣に座る王が、幼児席から手をのばして彼女のそでをくいと引いたのだ。
「ねえさま、おやつたべないの? なくなっちゃうよ」
 せっかくミゼーに作らせた、とっておきなのに、と幼王は不満げに頬をふくらませた。
 キラとクラレイも、一気に集中を削がれ、王の示したテーブルの上を改めて眺める。活発な五歳児の食欲は確かなもので、彼の好物が盛られていたいくつかの皿はすでに空になっていた。
 アイアダルはあごに手をあて、おおげさに思案するそぶりをした。わくわくとその判断を待つ弟王に、彼女は数秒のち、にこりとほほえんで見せた。
「そうね。焼き菓子が冷めたら、ミジェッテに怒られてしまいそうですし…先にいただいてしまいましょうか」
「はあい!」
 菓子職人の正確な名をクラレイが初めて知ったところで、エインゼルタインは、やったとばかり歓声をあげた。
「ねえさま、どうぞー」
 にこにこと満面の笑みを浮かべながら、彼は姉の前にティーカップを押し出した。
 五歳児の手からなる独創的なブレンドによって、本来ならば透きとおった紅色の献上茶は、ほぼ黒に近い渋い色味の濁りと、あろうことかどろりと粘りけまで帯びている。
 濁りで底の見えなくなったティーカップを前に、アイアダルはどうするのかとキラたちは思わず固唾を呑んで見守った。

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