ランドランド〜キラの旅立ち〜 14
足をばたつかせたり、顔や髪に泥をすりつけようとする幼児に四苦八苦しながら、何とか任務を完了させたキラの背後に、不意に影が落ちた。
「なんでラレイレ泥んこなの」
エインゼルタインが、不可解そうに口をとがらせる。
キラが振り返ると、クラレイが情けなさそうな顔つきで立っていた。腕は肘まで、足は膝まで泥に濡らし、両手に泥塊、もとい、幼児用の靴を片方ずつ持っている。
国王の小さな靴は、両方とも泥に半ば埋まった状態で散らばっており、それを拾うために、クラレイは泥沼に踏み込むしかなかったのだ。
キラは笑いをこらえながら、幼王にいった。
「陛下がお靴を放りっぱなしにしてたからでしょう」
「おれのせい?」
王がそう言いながら、甘えるようにキラの首に手を回す。キラは、むきだしの足と顔以外は泥だらけのままの子供を、ひょいと抱き上げた。
「陛下のせいってほどじゃないけど、でも、謝った方がいいかもしれないですよ」
「うん。ごめんねルラルレ」
あっさりと頷いて謝る国王陛下に、クラレイが目を剥いて絶句する。キラはとうとう吹きだした。
ものすごい目で睨みつけられるも、先刻の仕返しとばかり無視してやる。
「それじゃあ、おやつにしましょうか」
そういって、溜飲の下がる思いで、意気揚々と階段を上りだしたときだ。
カツン、と石畳を叩く音がした。
「ダメよ。三人とも、そんな格好でお部屋に入れられないわ」
ついで、笑いまじりの甘い声音が三人の耳に入る。
最初に歓声をあげたのは、幼王だった。
「ねえさま!」
「アイアダル姫!」
ほとんど同時に、キラも驚きの声をあげた。
現国王は御年五歳。年の離れた姉姫が、名目上後見人としてついている。
声の主は、王姉アイアダルその人だった。
結い上げた長い髪と、目の色、肌の色は王とぴったり同じだ。面差しもよく似ている。
常に穏やかな優しい目やふっくらした小さな唇が、実際に笑ってばかりいるわけでなくとも、見る者に微笑みの印象を与えている。
目鼻立ちは整っていて、非常に美しいことは間違いない。だがそれだけではない。
木漏れ日にとけ込んでしまいそうな、はかない空気のある少女だった。
穏やかな光のもとでしか生きていけないのだと、幼いころキラは本気で思っていたくらいだ。
歳はキラたちより一つ上だが、小柄でほっそりとした体つきと幼さの残る顔立ちのために、キラにはどうも年上のような気がしない。
反射的に呼びかけてしまってから、キラは慌てて訂正した。
「し、失礼いたしました。王姉殿下」
幼いころからのくせがなかなか抜けず、姫と呼んでしまう。
王はまだ幼く、遊び相手という立場だから、くだけた態度でもよい。だが彼女はもう、幼なじみ扱いをしてよい相手ではなかった。