魔術狩りを始めよう 38
フツノを握るだけの力はある。走り出す体力もまだある。
傷は多いが深くはないし、血もそれほど流れてはいない。
だから今は傷の痛みを無視して、御刻は駆けた。
男が一瞬遅れて反応し、回避の体勢に入った。
後は速さの勝負だ。
男が動くのが先か、フツノが到達するのが先か。
結果はすぐに出た。
切っ先が男のわき腹に触れる。御刻はそのまま、ためらい無くフツノを振りぬいた。
「……ぐっ!」
御刻の刃は確かに到達していた。感触もあった。
しかし、男は顔を歪めても倒れない。
届きはしたが、足りなかった。
全身全霊をかけた一太刀も止めを刺すには至らず、もはや打つ手は無い。
不意に全身から力が抜けるのが解った。意思が、負けを認めそうになる。
「……まだだ!」
強く、強く歯を食いしばる。
これでお互いに手負いの状態になっただけだ。まだ勝負は決まっていない。
胸に抱くのは、他でもない自分に誓った約束。
必ず、どんなことがあっても願いへの歩みを止めないと。
折れて砕けそうな意思を、ただひとつの誓いからくる思いを支えにして繋ぎとめる。
「まだ私は……!」
叫ぶように言い、再びフツノの柄を強く握った。
その瞬間。
抗いの声に呼応するかのように、御刻の内側で何かがうごめいた。痛みに近い、こらえがたい感覚が全身を駆け抜ける。
自分の内にある、自分の物ではない何か。
構えたフツノが、陽炎のように揺らぐ。
「……テメェ、それは!?」
男が、フツノの様子に気づき焦りとともに叫ぶ。
この世界の理から、そして魔術の法則からも外れた力をもって形作られた刃。そのフツノの変化は、ひとつの事態を表していた。
暴走。
己の内に宿っているフツノの力たる源流が、主の制御を離れて浮かび上がってきている。
無垢な、それゆえに抑えられそうもない強大な力に、御刻の意識は飲み込まれそうになった。
破壊の力が、万象すべてに等しい終わりを与えようと荒れ狂う。
御刻は歯噛みして、すべての意識を内側に向けた。
本来は借り物の力、無理に使っている力。そのほんの断片に刃という形を与えて顕現させているフツノでさえ、完全に操れているとは言えない。だが、こみ上げる力はそれとは比にならないほどであり、御刻自身も危険となりうるものだった。
時とともに強くなる衝動に逆らいながら、御刻は源流を押さえ込もうと集中する。
元は何であろうと、今は大切な者から引き継いだ自分の力だ。だから、
「――飲まれるものか!」
咆哮。
あふれ出る気配に気づいたのか、男の表情が歪む。
「ははっ……!」
嗤うように、侮蔑するように、
「さっきの一撃といい、アンタ矯正者かよ。まさかこんなところで抗魔の盟約を結んだやつに会うなんてなぁ! ええ?」
「なっ――!?」
男が口にしたのは、本来なら一部の人間しか知らないはずのこと。御刻でさえ、知ったのはそう昔ではない。
動揺で集中が途切れそうになるのをこらえながら、御刻は男をにらみつけた。