nao 84
「は?」
今日はよく人にモノを聞き返す日だ。
「やっと見つけた。」
俺には彼女が何を見つけたのか、その瞬間は理解できなかった。
「「アキラ」」
―ナナコ……直樹?
俺の頭の中で二人の声がこだまする。後から思えばそんなことありえない話なんだけど。…そのときは本当に二人の声が聞こえた気がしたんだ。
でも実際に俺の目の前にいたのは、寒さで身体を縮こまらせた香だった。
「部屋まで案内してくれるんでしょ?」
その言葉にハッとすると、俺は自分の役割を思い出した。
「…こちらになります。」
素の自分に戻ったら言葉が溢れて止まらなくなりそうで。俺はペンションの従業員の役に徹した。
―アイツ、元気にしてる?
ここに来てからずっと気がかりだった答えを持っている人に会えたのに。俺はどうしても聞けずにいた。
先ほど整えたばかりの部屋に通す。―と、俺の後ろをついてきた香が息を呑むのが分かった。
「本当、だったんだ。」
「ん?」
「ここに来る前に、ネットでいろいろ調べたの。そしたらどの人も、ここのこと忘れられない場所・もう一度訪れたくなる特別な場所って書いててね。…その意味がやっと分かった気がする。」
ポツリと呟いた香の声に引かれて後ろを振り向くと、オレンジというよりは朱に近い夕日に照らされた香と目が合う。
「…今日は当たりなんだ。」
「え?」
「昨日まではすごい吹雪でさ。だからこんなにすげぇのは本当に久しぶり。」
窓の外に目を向けると、ちょうど山の向こう側に光が吸い込まれていくところだった。何度見てもこの瞬間だけは目が離せない。
「…そうなんだ。」
暗闇が辺りを包み込む。廊下の明かりを頼りに、入り口の脇にある灯りのスイッチを点ける。部屋の様子を確認するために振り返ると、香は荷物をベッドの上に置いたところだった。
「それじゃ、俺仕事残ってるからこれで…」
「あ、うん。いろいろありがとう。」
軽く頭を下げて部屋を後にすると、パタンと音を立てて扉を閉めた。
―なんで香がここにいるんだ?
疑問が後から後から湧き出てきて、夕飯の支度に集中できないでいた。
「高橋くん、」
今日何度目になるだろう。オヤジさんの心配そうな声がキッチンに響く。
「あっ、すいません!すぐ片付けます。」
乾燥機の中の食器たちは俺に気づいてもらうのをずいぶん待っていたようで、手で触れるとひんやりと冷たかった。
「…そこはもういいからさ、客室の様子を見てきてもらってもいいかい?」
「いや…でもまだ、」
目の前に積まれている食器に目をやる。