壊したいくらい愛したい 1
転校生がやってきたのは、六月の梅雨が明ける少し前のことだった。
いよいよ湿気による不快指数が高まる頃合いに、どことなく陰のある転校生がやって来たのだから、彼女は最初からいらぬ噂の中で迎えられることになった。
だが、転校生・黒羽根白奈(くろばね・しろな)は圧倒的な美少女だった。
きらきらな瞳を描く少女漫画家が精魂込めて描いた美少女という感じで、セミロングの髪は艶やかで美しく、毛先に向けて静かな波を乗せている。
整った小顔に大きな瞳、茶色がかった瞳そのものも綺麗だった。
嫌みにならない程度の胸があるのにすらっとした体躯、手脚も白くて細い。
どこまでも美少女の黒羽根白奈だったけれど、唯一にして致命的な外見上の弱点があった。
ちょっとだけ身長が低かったのだ。
これで身長があればモデルとして十分やっていけると私は保証する。
私の処女を賭けてもいい。
それはそうと、少しロリ属性も兼ね備えてしまった黒羽根白奈は男子ウケが非常に良かった。
見た目の印象からそのままに、女子からも可愛がられるようなマスコットキャラでも演じて保身に走ればいいのに、黒羽根白奈は周囲に愛想を振りまくこともなく、あらぬ噂話にも超然としている風に、机に腰掛けてぼぅ〜っと梅雨空を眺めているばかりだった。
なので梅雨が明けた頃にはクラスで孤立してしまい、それを見かねた担任教師が私に声を掛けた。
「鳴滝さん、黒羽根さんのこと、頼めるかな?」
転校生の面倒を見るのは学級委員の仕事ではないのかと思うが、その学級委員は自分よりも容姿に優れた黒羽根白奈を目の敵にしているらしく、移動教室の際にも黒羽根白奈を放置しているようだ。
おかげで、授業が始まっても黒羽根白奈は別の教室で一人窓の外を眺めていたと聞く。
梅雨の時期に転校してきた黒羽根白奈の噂話は数あれど、移動教室を知らされずに置いてけぼりにされた時、見回りの男子教師が彼女に手を出そうとして指に噛みつかれたという噂も聞こえる。
変態だと思っていた英語の教師が噛みつかれたらしく、彼の授業では皆が教師の包帯の巻かれた指を見て、ひそひそ話に興じていた。
そんな中、私―鳴滝初音は黒羽根白奈を見ていた。
やっぱり彼女はどこまでも窓の外を眺めており、噂話が本当かどうか確かめる手がかりは全くなかった。
ただ、窓の外を眺める白奈の横顔を見ていると、なんだろうか、私の心のずっと奥の方で、その美しい横顔に手を触れてみたいという欲求が芽を出しているのを感じずにはいられなかった。
だから担任教師に彼女のことを頼まれた時、私はすぐに承諾したものだった。
我がクラスの担任教師も変態と噂される英語教師と同類だった。
気に入った教え子には優しく接しながらも隙あらば個人授業という名のデートに誘おうと試み、それを拒否する者あれば徹底的にクラスから干し孤立させる。
私のもとにもそいつは色目を使ってきた。当然断った。
その時の人を蔑むような眼は忘れることはないだろう。
5月の連休直後、私はクラスから孤立し始めた。
そして6月、黒羽根白奈が転校してきた。
白奈も一度、担任をきつく睨み返したことがあった。
無表情な彼女が唯一感情を表に出した瞬間だった。
ああ、同じことが起こったのだな、と察した。
私は白奈に話しかけた。
彼女は少し驚いたようだった。
誰かに話しかけられることに慣れていないのだろう。
それは私も、気持ちはわかる。
だからこそ手を差し伸べる。お世話係を引き受けたからには。
「男って苦手なの」
白奈は口を開いた。
教室には私と白奈以外に人はいない。
2人きりの空間が心地よかった。