断崖の剣闘士 1
買収された仲間の誰かが、俺と俺の仲間たちを人に売り渡していた。
俺は偽の情報に従って、森の中に潜み、ゾニック軍団を待ち伏せしていた。
そこを、あっけなく捕えられたのだ。そして今、俺は闘技場の地下にいる。
俺は「剣闘士」として、ゾニック人の「見世物」として、狂乱の中に果てることを運命付けられたのだ。
「ムスタファ、出番だ」
銀色の兜を被った男が檻の扉を開けた。
ここではムスタファという名ということになっている俺は立ち上がり、その男に触れた。
彼は俺に対してひどく同情的で、悪い人間には思えなかった。
俺が歩き出すとその男も同じくついてきた。
逃げないように見張っているのかと思いきや、そうではなかった。
銀色兜の男が口を開いた。
「対戦相手は俺なんだ。あえてそう頼んだんだ」
「ゾニック人のお前がどうして…」
男は、
「今のゾニック人に正義はない。」
とだけ答えて口を閉ざした。
俺は男に聞きたい事が沢山できていた。正義がないとはどういうことか。それと俺達が闘うことに何の意味があるのか―――そして何より、俺は彼の名前すら知らなかったのだ。
しかし、もうそれを質問する時間はなかった。アリーナへと通じる通路はもう終わりに近づき、丸太の作が既に上がり始めていた。そして観客のゾニック人共は、俺達の都合なんかを待ってくれる訳など持っていない。
――試合が、始まる。
俺は、アリーナに1歩踏み入れた。眩しい日差しと、血と汗と臭い。観客席からは、大量のゾニック人共の、歓声とも怒号ともとれぬような唸り声が耳をつんざく。
もう、先程の疑問の山など、全てがどうでもいいことだった。
闘技場中に声が響く
「今日の第三試合、われらが同胞 ヘルムート選手に向かってくるのは、ゼレネ人、ムスタファ選手!」
再び歓声が響く。
「ヘルムート!ヘルムート!」
旗を持った男が近づいてくる。
「では、試合、開始!」