デッドエンド 79
リオンは目を瞠った。先ほどから、驚いてばかりだ。
ノエミの斧はあまりに速かった。
ぐい、と槍を持ち上げたと思った瞬間に、予備動作もなく、彼女の前の鎧が破砕されていく。
彼が息をのむうちに、全身鎧の脚部が消失し、右腕が宙を舞い、兜が潰れて胴にめり込んだ。
一呼吸の間に三度、対象を斬りつけているのだ。
あれと、彼女は互角に闘っていたのか。
リオンは唇を噛んだ。
それは彼にはあまりなじみのない感情だった。悔しい。
自分が弱いなどと、感じるのは初めてだ。ノエミの刃を、目でとらえることすらできない。
だがなぜか、目で追えないにも関わらず、避けられないとは思わなかった。
実際に対峙してみてわかることもある。リオンの経験ではそうだった。
目で見ることと体感することは違うのだ。
「何を見ているのですか」
ノエミの静かな声に、リオンは我に帰った。
「別に何も」
そう、彼は答えた。ノエミが興味もなさそうに顔をそらす。
彼女がバルディッシュを構えなおしたところで、リオンはふと思いついたことを口にした。
「訊いてもいいか」
「?」
ノエミが首を傾ける。
「何でそういうでっかい得物を使おうと思ったんだ?」
「それは、利点があるか否かという話ですか?」
リオンは頷いた。
「重いし…まあ、あんたには重さなんかどうってことないんだろうが、それでも他の軽い得物を扱うよりスピードは落ちるし、自由もきかないだろ?」
「そうですね」
ノエミはしばし思案の表情になった。
「こうして…」
ブン、と彼女はバルディッシュを水平に薙いだ。
音もなく、前方に置かれた甲冑が両断される。全身鎧の胸部から上が、支柱ごとガシャンとその場に落ちた。
「この武器は、当たればその者を殺せます。技術も何も必要ない、振り回す腕さえあれば。何より」
そのまま、軽く石床に柄頭を立ててリオンに向き直る。
「殺意が、必要ないのです」
「殺意…」
「お前がその拳で人を殺そうとすれば、殺意が必要でしょう。拳で叩いて殺せる急所を、殺意をもって打たなくてはなりません。やみくもに殴打しても、アザができるか骨が砕けるだけのこと」
彼女はリオンの檻に近づいてきた。
「このバルディッシュならば、あるいは、お前のいう巨大で重い得物を用いたならば」
槍を脇についたまま彼を見下ろす。
「自由が利かぬ分だけ、殺すのはこの武器であって、この手ではない…という名分ができるわけです」
「人殺ししたくないって言いたいのか?」
「有体に言えばそうですね」
ノエミはあっさりと認めた。
「刃向かうものは、のちの禍根となりますから、殺さぬわけにはいきません。それが私の務めです。しかし、殺戮は、好むところではない」
「禍根、ね」
リオンはふん、と鼻を鳴らした。
「じゃあ、何であの人にとどめを差さなかったんだ」
「女の家族や恋人を殺してしまうと、連れて来た男は頑なになります。それでは困るのです」