幼魔鬼譚〜悪戯好きのアリス〜 4
──蒼木ヶ原市北区・某雑居ビル内──
電気の点いていない階段を下りながら、紅夜叉はウェストポーチから携帯電話を取り出した。
「……もしもし、蛮悟のおっちゃん?」
『おっちゃんと呼ぶな』
電話の向こうから、男の声がする。
「そんなに怒るなよ、おっちゃん」
『この……それで何のようだ?』
「今から『仕事』に行くけど、結界の方は?」
『もうすでに張ったぞ』
紅夜叉に限らず赤千穂の妖達が妖の力を揮う時は、人間達の介入を避ける為に結界を張るのが普通だった。
今回もこの雑居ビルに現れるという、茨木の妖を退治する為に仲間が人間避けの結界を張ったのである。
『今、このビルに人間が入ることは出来ん。だがあんまり派手なことをするなよ』
「わかってるって」
『本当か? 後始末する奴らのことも考え』
「あーはいはいわかりましたどりょくします」
『あっ、こらっ!』
ピッ
まだ何か喚いている蛮悟の声を無視し、紅夜叉は携帯を切ってしまった。
──雑居ビル内・警備員室──
ここには本来なら、常時二人の警備員がいるはずであった。
しかし今いるのは、一人の着物を着た男だった。
灰色の着物に袴姿と、まるで探偵の金田一耕介のような格好をしている。
名は蛮悟(ばんご)と言い、職業は本当に探偵だったりする……
しかし、彼は紅夜叉の仲間で、その正体は烏の頭と黒い大きな羽をもつ烏天狗だった。
事の起こりは一週間ほど前──
ビルにあるトイレに、女性が一人で入っていたのだが、用を足している最中、近くから男の荒い息が聞こえてきたという。
入っていた個室は勿論、両隣の個室にも人の姿はない。
トイレの入り口付近を写している監視カメラにも、女子トイレに入る不振な人間は写っていなかった。
しかし、こんなことが何度も続いた為、ビルの管理会社が蛮悟に調査を依頼してきたのである。
早速、昼間に蛮悟が件の女性用トイレを調べに行くと、トイレ内から微かな妖気を感じ取ったのである。
蛮悟は『これには妖怪が絡んでいる』と感じ、まずは『今夜、ビル内を徹底的に調べますので、私一人だけになるようにしてください』とビル側に頼みこんだ。
次に他の仲間に連絡を取ったところ、たまたま手の空いていた紅夜叉が、助っ人に来たのであった。
「まったく、あのゴジラ娘が……」
椅子に座り、監視カメラのモニターを見ながら一人毒づく。
結界を張った後、こうやってビル全体を監視しながら、いざとなったら紅夜叉の応援に行くというのが、今回の蛮悟の役割だった。
プシュッ!
モニターを眺めながら、持参していた缶ビールを開け、グビッと一口飲む。
「……こうやっているのも暇だな」
何となく、机の上にあった小型TVのスイッチをつけてみた。