大淫者の宿命星 16
――おお、まさしく大淫星の宿星を持つ男。
彼女の祖母が俺の目を真っ直ぐ見つめて、めずらしいものを見るようにまじまじと見た。
巫女装束の小柄な老婆の前で、彼女と俺は並んで座っている。
道場のようなところの板の間で正座していて、いつ足がしびれて立てなくなるか。隣でやはり正座している彼女は平然としている。
「まあ、まあ、正座などせずに足をくずして楽にしてくだされ」
老婆がそう言ったので、俺は彼女の顔をちらっと見ると、彼女もこちらを見て微笑した。
これはくずしていいんだと判断してあぐらをかいた。老婆が来るまで、二人で待っている間、ずっと正座していたのだ。
「二人で挨拶に来たということは、夫婦になるという話かの?」
「はい、お祖母様」
「おぬし、わしも夫はおらぬ。未亡人じゃが、大切にするから、わしと結婚せんか?」
「絶対にダメです。お祖母様」
彼女が即座に言う。笑顔がなんかこわいぞ。
「今は見てのとおり、老婆だからじゃが、わしが本気になれば驚くじゃろうて」
彼女から笑顔が消えた。
どういう意味だ、これは。
「いい顔をするようになったもんだねぇ。さて、何から話そうかの……」
今度はこちらを見つめて老婆が目を細めて笑う。俺は本気って何ですか、と聞きたいが我慢した。彼女の緊張感が隣にいてわかるからだ。
「では、おたずねします。霊媒師とは、何ですか?」
「なんじゃ、そこから説明せねばならぬのか……やれやれ、夫婦になるつもりなら、詳しく説明しておけばよいものを……」
遥か遠い昔、まだヤマタイ国の頃、巫女は女王として君臨していた。その頃から続く霊的な守護者の末裔にあたる一族が、彼女たちの一族である。
それが事実か確かめる手段はないが、女王卑弥呼の子孫らしい。
「呼ばれかたは時代によってちがうが、我が一族は、物の怪を調伏することを生業としてきたのじゃよ」
「ここ神社ですよね」
「見た目はそうじゃね。おぬし、日本にどのくらい神社があるか知ってるかの?」
「知りません」
「大淫者の星の男にしては、素直じゃ。もっと荒んでいるかと思うたが、すばらしい。神社は八万以上ある。では、神社と寺のちがいはわかるかの?」
「お寺は仏像があるところかな?」
「そうじゃ。教会には鳥居はない。では、人は神頼みするとき、何にすがるか、わかるかの?」
「神様ですよね」
「では、家を建てるときは?」
「大工、いや不動産屋と銀行かな」
大工も不動産屋も銀行も家を建てるために関与するから、どれかだけではなかろう、と老婆は言ったあとでさらに続けた。
「霊媒師というても、宗教法人というくくりでは、みんな同じだから、霊媒師とは口寄せとかをするかどうかなど、そうしたことのちがいで呼び方がちがうというだけじゃ。どこも、手に負えなければわれらに頼んでくるからの」
歴史からいえば、この島を見つけた法術師徐福が流れ着くところからルーツについて話をしてもいい、と老婆は笑う。
「おぬしがわしの夫になれば、寝床でゆっくり聞かせてやれるが、どうじゃ?」
「お祖母様、私が話しますから大丈夫です」
彼女が、唖然としている俺の隣できっぱりと言い切り俺のほうをちらりと見た。
「おぬし、われらの一族の女を愛した男たちは非業の死をとげた者も多いが、野望があるかの?」
「いえ、特にはありませんが」
「なお、よろしい。ところで……」
彼女に老婆が、婚姻の許可をもらいに来ただけではないのであろうが、と真顔で言った。
――この人もわれらの仕事の手伝いをしたいと言うのですが、その許可もいただきに参りました。
彼女が老婆に言うと、しばらく沈黙した。
同棲して、いわゆるヒモ生活をして半年。俺なりに彼女のために、なにかしたくなったのだ。
「気を使わなくても、おぬしはずいぶん役立っておるよ。みればわかる」
彼女が老婆に見つめられて、頬を染めた。彼女の霊力が。以前より強くなっていると老婆は俺に言った。
「おぬしには霊視すらできぬから、占い師すらできぬが、さてさて、修行してみるかの?」
どんな修行か俺は期待して、俺は老婆を見た。
彼女がはっと何かに気がついて、しまったという顔つきになった。
しかし、そのときには「よろしくお願いします!」と俺が答えたあとだった。
「おぬしはわれらの一族にとっては、かけがえのない存在。その力をわれらに分け与えてくれぬか?」
彼女が「今の話はなかったことに」と言ったが、老婆が「嫉妬するのは、この者が他の女に本気になってからにせい。信じられなければ夫婦などにはなれぬ」と穏やかだが、重い口調で言った。