ノーマンズランド開拓記 7
「若!ご無事でしたか!」
クラウスがルークの元へ駆け寄ってきた。
彼の服は血に染まっている。
「ああ、僕は大丈夫だ!クラウスこそ大丈夫か!?」
「返り血を浴びただけです。若こそ見事な射撃でしたぞ。」
「これだけは誰にも負けないよ。」
「奴らの放った火はほぼ消し止めました。我が方の被害は、死傷者が15名・・・物資の方は、食糧の半分が失われました。」
「かなりの痛手だな・・・。死んだ者は丁重に葬ろう。怪我人には最大限の手当てを。」
「もちろんです。ところで、蛮族の者を2名捕えました。」
「何だって!?尋問できそうか?」
「はい。さしたる怪我はしておりませんので、死ぬ気配はありません。言葉の問題はあるでしょうが・・・。」
少し考えてルークは言った。
「・・・よし、連れてきてくれ。」
「おい、いま若が言われたとおりだ!」
「はっ!」
クラウスの声に、一人の兵が走って行った。
連れて来られた捕虜を見てルークは驚いた。
まずアスファルティア王国では見られない黒い髪に浅黒い褐色の肌。
そしてなにより、こんな巨体の人間は見た事が無い。
「イワノフより大きいんじゃないか・・・」
「そうすね・・・私より大きいヤツなんて初めて見ます・・・」
ルークの部下きっての肉弾派、巨体ゆえに『熊』とアダ名されるイワノフが肩をすくめる。
彼は開拓団一の巨漢だが、捕虜二名はそれより頭ひとつ大きい。
ルークだと大人と子供レベルだ。
上半身はほぼ裸、下半身も下着のような腰布一枚。
身体中に絵の具で書いたような文様を施している。
そして更に驚いた事に、二人とも女だった。
体格同様に巨大な乳房を恥じらいもなくさらけだし、むしろこちらの男達の方が目のやり場に困っているぐらいだ。
男女の関係無く戦闘員となる部族なのだろうか・・・。
残った死体にも男と女が混ざっていた。
動物の頭蓋骨をそのまま兜にし、髪はザンバラ。
時おり唸(うな)り、牙を剥く様子は“女”と言うよりは“雌獣”だ。
その豊かな胸の先にある乳首には獣の牙を加工して作ったと思しきピアスをしているが、目立った装飾はそれぐらい。
武器は原始的な石の槍や弓矢だが、それらの中には繊細な彫刻が施されている物も見られた。
「言葉は通じそうにないかな・・・」
少し期待をしてみたルークだったが、彼女たちから発せられるのは聞いたことも無い唸り声のような言語のみだった。
「若、とりあえず記録に残しておきましょう」
ルークはその生い立ち故か、他の貴族達のように狩猟や舞踏会といった交流性のある趣味よりも自分一人で出来る趣味の方が多い。
絵画もその一つで、よく屋敷や領内の風景を描いていた。
人物画はさほど多くは無いが国王の肖像画を何点が残しており、その腕前はお世辞抜きにスゴい。
クラウスが道具を持ってきてくれて、ルークは早速キャンバスに筆代わりの木炭を走らせる。
「ハーヴィン教授、どう思われる?」
そんなルークの傍ら、クラウスが尋ねた相手は、未知の人間に興味津々といった様子の学者風の若い女性であった。
「ふむ……もしかすると原人かもしれませんね」
「ゲンジン?」
「最新の学説によれば、我々は猿から進化したと言われています。教会は否定していますがね」
「すると……」
「この大陸は長きにわたって私達の大陸と隔絶されてきました、ゆえに猿と人間の中間点の様な存在が生き残っていてもおかしくありません。非常に興味深いですね」
「死者が出ているが……」
「かといって彼女達を排除する事は学者としては反対です」
ルークは二人の蛮人をスケッチしながらクラウスに言った。
「集落は砦の形式にする必要がありそうだな」
「はい、若」
とりあえず夜は女子供は船に宿泊させる事にして、砦の構築を急がせた。
翌日、運が良い事に森で野生馬が数頭見つかり、馬飼いの心得がある者達が手懐けた。本国からも何頭か馬を連れてきたが、長期に渡る船旅が堪えたのか元気が無かったので悩みの種であった。
この野生馬は体格が良く物質運搬に適していた。後にノーマンズランドホースと名を付けられたこの馬が大陸の固有種と分かるのは少し後の事である。
「ハーヴィン教授、あの蛮族達は火が使え、木や石など自然物を加工する技術があると言う事は……」
「ええ、もしかすると我々エルシオン大陸の人間とは異なる過程ながらも独自の進化を辿った人類かもしれません……」
ハーヴィンはまだ27歳だが学者としては比類なき才能を見せていた。
「まず彼女達に我々が同じ人間である事を理解させるのです」
そう言うとハーヴィンは着ていた衣服を脱ぎ捨て、蛮人の女達の目の前に座る。これには彼女達もキョトンとした。
「ルーク様、暫くこの姿で接してみようと思います」