幻影 1
最愛の彼女を失って半年経った。
ショックで何もする気が起きなかった当時を考えたらだいぶ心も落ち着きを取り戻したが、それでもなお心にはぽっかりと大きな穴が開いたままだった。
彼女の存在は大きかった。
高校時代に付き合い始めて4年、身も心もすべて満たされた気分…彼女と一緒にいると幸せ…人生のすべてといってもおかしくないくらいの存在だった。
あの事故が起こるまでは、だ。
大学生生活も残り1年を切り、就職活動をどうするか考える時期になった。
企業説明会を終えて帰宅する途中、衝撃が走った。
その日は季節外れの寒さに見舞われ、時折雪もちらついた。
北風が強く、駅の案内表示では「強風により遅れ」の文字が目立つ。
暇をつぶそうか考え、駅のコンコースを歩いていた…その視線、目の前。
ブレザー姿の少女。おそらく中学生か高校生。
黒髪ボーイッシュなショートカット。
……まるで亡き彼女の生き写しみたいな女の子が、目の前にいた。
あまりの驚きに、僕は目を見開きその場に立ち尽くすことしか出来なかった…
そんな僕の存在に気づいた少女は、怪訝そうな表情を浮かべ、眉をしかめながら僕を見詰めた…
ドキドキと心臓が高鳴るのが分かった…
まさかと思いながらも、この時の僕は本当に居なくなってしまった彼女が甦ってきてくれたのかと思ったんだ…
僕を見つめる大きな瞳。
厚手のコートの下でもはっきり揺れるのがわかる豊かな胸。
活発そうなショートカット、綺麗な黒髪。
何から何まで、彼女にそっくりだった。
「あ、あぁ、あの…」
「何ですか?」
肩にかけているカバンの、ジッパー部分に垂れ下がった名札。
そこにある文字を見て、僕はまた驚いた。
「佐藤 結衣」
…まさかと思った。名前まで同じだった。
………結衣
無意識に涙が溢れかえった…
ここが人通りの多い街中だということへの押さえも効かずに、僕の肩は激しく揺れた…
「ど、どうしたんです?…」
結衣と瓜二つの少女が驚くのも当然だ…
突然目の前で泣き出すような変な男の前から、逃げ去ることだって出来ただろう…
だけどその少女はそうすることはせずに、そっと僕の腕に手を宛がってくれたんだ…
ただ彼女に似ている、正直似過ぎているこの少女…
その性格もまさに亡き彼女そのもの、優しい心の持ち主だった。
いつまでも人の激しく行き交う上で立ち止まっているわけにはいかないので、彼女の手を引きながらコンコース傍にある喫茶店に入った。
「ごめん、急に」
「いえ……ビックリしました」
そりゃそうだろう。
「ここは僕が奢るから」
「いえ、気にせず…それより、何があったんですか?」
「君、佐藤結衣ちゃんって言うんだよね」
「はい」
「何もかも付き合ってた彼女にそっくりなんだ…しかも、同姓同名」