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檻の中
【熟女/人妻 官能小説】

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第13章-1

翌週の木曜日に紹介された探偵事務所のアポイントを取った。
下町と言っていいその場所の、狭い路地奥の古い雑居ビルに紹介された探偵事務所はあった。剥き出しのコンクリートにはそこかしこにヒビが走り、近隣家屋から伸びた蔦がビルの側面壁を覆っている。その錆びた看板を見上げて『紹介じゃなかったら絶対ここには決めなかったわ…』とその寂れ加減に半ば呆れながら一人ごちた。
エレベーターもないビルを、事務所のある4階まで昇り、沙良は汗を拭いてドアの前で息を整えると、ノックした。
『どーぞー』と、即座に男の大きな声がした。
『失礼します。お約束させて頂いていました島崎沙良です』そう一礼して正面の人物を見た。いかにも風采のあがらなそうな丸々とした体型の地味な中年男が正面に座っていた。他に人の気配はない。一人でやっているのだろうか。本当にここ、大丈夫なのだろうか―。思わず不安がよぎる。
『あ、どうぞどうぞ。そちらに。今お茶をお出ししますから』と重そうな体をむくりと動かすと小さな冷蔵庫のあるキッチンに向った。
『あ。どうぞお構いなく』沙良は心底からそう言った。ここで出される飲み物など期待出来ない…。
『どうぞ』と、その男は盆に載せたグラスを沙良の前に置いた。黒塗りの木の台座に載せられた江戸切子のグラスには濃厚そうな緑茶が揺れている。
『有難うございます。頂戴いたします』沙良は軽く会釈し内心渋々ながら器を手に取った。
『私は日本茶が好きでしてね。こちらも契約農家から取り寄せてる冷茶に合う茶葉なんですよ。お口に合えば嬉しいですが』とにこにこしながら沙良の真正面に腰かけて自分の分を啜った。それにつられて沙良も一口啜って驚いた。…美味しい。苦味は少ないのに口の中に広がる旨みと香り。器といい、お茶の味といい、この人、実は相当な趣味人なのかしら。
『あ、申し遅れました。ご存知かとは思いますが、巽信一と申します』とぷくぷくした手には小さく見える名刺を沙良に差し出した。沙良はそれを受け取ると、自身のものも差し出した。
『…で…。ご用件はお電話であらかたお聞きしてますが、まだ少々お訊きしたいことがあります。その上で概算した費用と、ご用意できる経費との刷り合わせをさせて頂きたいんですが…。まず、問題の通帳をお見せ頂けますか?』と巽に言われ、沙良はハンドバッグから通帳を差し出す。
ページを繰りながらしげしげ見ると『なるほど…。不自然な引き落としが始まったのは5ヶ月少し前ですね?』
『はい』
『このタイミングに心当たりは?』
沙良は暫らく考えて『…うちでは半年に一度決算をするんですが、ちょうどその直後なんです』
『なるほど。決算の終わる時期まで掴んでるとなると…、島崎さんの仰る通り、内部に精通した人間のセンが濃厚ですね。それに通帳も印鑑もカードも貴方の部屋の挽き出しにあったとなると、個人情報流出やスキミングの可能性は薄いでしょうな…』
沈痛な面持ちで巽にそう断じられ、沙良は一層表情を硬くした。サイト登録だって家の人間が部屋に侵入すれば造作もないのだ。
『調査方法は二つです。一つは沙良さん、貴方の部屋に盗聴器とカメラを据えて24時間体勢で録画する。通帳もカードも印鑑も元の位置に置いた状態で。期間はこの引き出しのサイクルから考えて2ヶ月。2ヵ月後、録画DVDを回収し、不審な入室者を突き止める。
但し、この方法だともう一度預金を引き落とされる可能性が当然高くなります。…もう一つは、引き落とされた日の銀行支店から金額と同額の引き落としのあった時間帯のビデオをさらう。因みに後者の方法なら一週間もあれば終わります。それに証拠としては強固ですし、犯人に言い逃れは出来ません。その代わり、後者の方が格段に経費は掛かります。…解りますよね?先方に情報料を支払わなくてはならないのですから…』
コンプライアンス問題の厳しい折り、外部に内部情報流出したことが露見すれば大問題になること必定だ。目の前の風采の上がらぬ中年にそんなことが可能なのだろうか。
『その…、後者の場合、概算ではどの程度でしょう』
巽はむちむちした手を上げ人差し指を立てた。百万円と言う事だろう。
確かに高い。だが、自室に盗撮カメラと盗聴器を2ヶ月もつけられ観られるのは、たまらない。『では…後者で…。でも、銀行ってそうした情報を外部の人間に見せるものなのですか?』純粋な好奇心から沙良はそう訊いた。
『ふふっ…。そんじょそこらの探偵じゃぁムリでしょうねぇ。でも最近スキミング被害も増えてましてね。銀行サイドもそのクレーム対応に頭を悩ませてまして…。あちらからの依頼も増えてるんですよ。私は元々金融関連の信用調査部出身なんです。蛇の道はヘビってことです』巽はそうニヤリと笑うと、ファイルの中の1枚を取り出して『それではこちらの文書をお読み頂いて、ご同意頂けましたらサインとご捺印お願いします。』と、縁の黄ばんだA4の紙を差し出した。
―長めに見積もってひとまず2週間ください― 巽は契約書にサインをしている沙良にそう言った。沙良は最寄の駅に向って歩きながら、契約書の写しの入った無地の封筒を4つに折りたたんでバッグに入れた。これをどこに隠そうか。今の沙良にとってそれさえ難儀だった。だがあと半月で片付く。沙良は暫らく振りに肩の力を抜いて深呼吸をした。
駅近くにあったATMで巽指定の口座に調査料の満額を振り込むと、家路を急いだ。


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