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Odeurs de la pêche <桃の匂い>
【同性愛♀ 官能小説】

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第3章 破滅-6

「いや、そう簡単に分かってもらっちゃ困る。たったひとつの例しかいっていないのだから。」
「すみません……」
「ハハハ……謝らなくてもいいよ。かわいい翔子ちゃん。君は頭のいい子だと思うよ。だから、かなりのところまでは分かっていると思うが、実は、もっと深いところで分かって欲しい、と思うからなんだ。君の美しさは、こうして話しているだけですこし幽霊が生き返ったように見える。辛い辛いとだけ言っているような、自我しかないアホは絶対に美しくはなれない。これも例えばだが……愛する人が亡くなったとき、君はどうするかね? ただ泣いて、辛い辛いと言うだけの人間かね。私はそうは思わない。君はこんなに美しいんだよ。アホではないに決まっているからね。例えば、愛する人が亡くなったとして、想い出がある分悲しみを増幅させる、と考えるか、その想い出が自分の中で生きていて、その観念の人がいつも自分を見守ってくれている、という考え方ができる人もいる。生きるってことは辛いことだ、といったりするね。本当にそうだろうか……私はそういったレトリックを好まない。そりゃあ辛いこともあるさ。しかし、辛い分喜びを大きくすることもある。人間なんて、実に勝手な生き物だねえ。そう思わないか翔子……ああ……サキさんのせっかくのコーヒーが冷めてしまった……」
 私を密かに見守っていた、というこの人は、私の何かを知っている。そう思いました。今、私が苦しんでいることを慰めようとせずに、遠回しに叱咤している、と感じながら、この人の言葉が、あの世から聞こえる父の声のように思えました。
「おじさま……翔子、もう泣きません」
「ほお、おじさまって呼んでくれるのかい。うれしいね。恭孝は君が可愛くて可愛くて、もう、舐めんばかりの可愛がりようだったよ。珠子さんがいなかったらきっと舐めていたね。それくらい愛されていたよ、君は。これからは、私をパパだと思ってくれてもいい。翔子のためなら何でもしてあげようと思う。そうだ、もうすぐ入学だろう? 大学へ行ってごらん。きっといいことがあるよ」
 おじさまの話のなかには、時折ひかかりのある言い回しがありました。珠子、つまり母と父の関係に何かしらの蟠りを持っているのは分かります。母との離婚に際して、私を巡って何かあったのだろうか、単に、愛の強さの表現なのだろうか……。愛する人を亡くす経験……ミニョンは亡くなってしまったと言いたかったのだろうか。
 おじさまの話を聞きながら、頭を過ぎった疑問や、初めて聞いた父の実像などをいろいろ聞きたかったのに、私はまだ、聞いてどうなるものでもない事柄に対して考える余裕がありませんでした。でも、私の胸の中で固まったまま溶けなかった鬱屈が、おじさまの話す声で少し和らいでいったことは確かでした。サキと智代を交えての食事で、私は少しばかりスープが喉を通るようになっておりましたから。
「サキさん……翔子綺麗だねえ。これが3才のままだったら抱きしめたいところだけど、今そんなことをしたら、美女を襲う野獣になっちゃうね。ははは……」

 おじさまは、それから何度かサキの入れるコーヒーを飲みにやって来た、と言いながらふらりと私の家を訪れ、意味のないお話でサキたちを笑わせ、飄々として帰っていきました。
 サキがおじさまを連れてきたのは、サキの一存であったことは確かでしょう。とすれば、4人共に母とミニョンの身に何が起こっているのかを知らないわけはないのです。小枝子も智代も、家にいる時間は多くなったものの、かつてなく外出するようになり、私には、母のこともミニョンのことも何一つ話そうともせず、聞いても<良く解らないんです>と応えるばかりなので、そのうち自分で調べてやるわ、と決心し、モヤモヤした気分が抜けないまま日にちだけが過ぎていきました。


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