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さよならの向こう側
【悲恋 恋愛小説】

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第三章 団子と朝顔-8

ばぁちゃんは四人部屋で、さっき話した杉山さんたちと一緒に生活をしているのだという。
折り紙教室の後、和泉さんがばぁちゃんの部屋まで案内をしてくれた。
「亮くん、良かったね。百瀬さん、今日は思い出してくれたね」
「うん。…昨日と全然違うけど、ばぁちゃんはあんなかんじで毎日過ごしてるんですか?」
「う〜ん。…認知症だからね、調子が良くて落ち着いている今日みたいな日もあれば、気になることや不調を上手く表現できなくて不安定になっちゃう昨日みたいな日もあるんだけど…。あ、ここが百瀬さんのお部屋ね」
足を止め、中に入ったそこは中学の頃に骨折して入院した病院の病室よりはやや大きめで、カーテンで四つのスペースに区切られており、各スペースにはベッドと洋服タンスなどが置かれていた。
その右側手前が、ばぁちゃんの居住スペースなんだという。
「見て、亮くん」
和泉さんは、キョロキョロ辺りを伺う俺に、ばぁちゃんの枕元近くの棚を指し示した。
「――これ…」
そこにあったのは、きれいに並べ飾られた数枚の写真。
「俺が、最後にこっちに来たときのやつだ」
中学1年の夏休み、毎年恒例のお盆帰省で親戚が勢揃いした。
でも、武夫伯父さんの子ども…すなわち俺の従兄弟にあたる卓也にぃちゃんは社会人になっていたし、その妹の京香ねぇちゃんは嫁に行ったりしてみんなそれぞれに忙しくなってきたから、集まれるうちに記念の一枚を撮っておこうと親戚全員で写した集合写真と、その後に孫たちだけで写した集合写真。
どちらにも、その真ん中で微笑むばぁちゃんはすごく嬉しそうな顔をしている。
他にも、去年生まれた京香ねぇちゃんの子どもの写真や、俺と加奈が写っているのもあった。
それも、けっこう最近…春くらいに、嫌がる俺を加奈が無理やり引きずり込んで写した一枚だ。
「あいつ、ちゃっかりばぁちゃんに送ってたんだ」
「あぁ、加奈ちゃん?それ、直接持ってきてくれたんだよ」
「えっ!?」
加奈、よくここに来るのか…というより、和泉さんは何で俺の妹を知ってるんだよ?
「はいはい、そんな恐ろしいものでも見るような眼をしてこっちを見ないの!…加奈ちゃんは、2、3ヶ月に一度くらいはここに来てくれているんだよ。自分の学校生活のことや『おにぃは忙しいから、おばあちゃんごめんね』って言いながら、亮くんのこととかを百瀬さんに話してくれているの。そして、そんな加奈ちゃんと仲良くなった私は、今やメル友でございます」
ニヤッと、いたずらっ子のように笑う和泉さん。
加奈…絶対に俺のあることないこといろいろメールしてやがる。
でも、我が妹ながら俺は、くそ生意気なあいつの本当の姿を今初めて知ったような気がした。
「百瀬さん、いつもニコニコしながら加奈ちゃんの話を聞いてるよ。時には加奈ちゃんってわからない日もあるけど…。加奈ちゃんはめげずに話しかけてくれてるの。それと、亮くんのことは本当にかわいくて仕方ない孫なんだね」
「…何年も会いに来ない、憎たらしい孫だよ」
俺がばぁちゃんだったら、きっとそう思う。
「違うよ!百瀬さん、いつも私に亮くんの写真を見せながら、昔のやんちゃ坊主だった亮くんのことを楽しそうに話してくれるの。だから私、初めて亮くんに会っても初対面って感じなかったくらい。それに…」
「それに?」
「昨日、亮くんが帰ってしまった後、百瀬さんは私に言ったんだ。…亮ちゃんが泣いていたから、だからクッキーをあげようとしたんだ…って」
脳裏に、昨日見た光景がフラッシュバックした。
鬼のような形相で、他の人からクッキーを奪い取ろうとしていたばぁちゃん。
でも…あれは、全て俺の為だったというのか。
「あの、俺…そんなことまったくわからなくて…」
「ううん、久しぶりに会ったんだしわからなくて当然だよ。でも、認知症の人って訳がわからなくなって無意味に動き回ったり抵抗したりするって思われがちだけど、そうじゃない。どれも、その人にしてみれば意味のある行動なんだよね」
俺たちの写真に視線を落としながら、和泉さんは、俺に聞かせるというより自分自身に言い聞かせるように呟いている。
「亮くんに見てもらいたかった『本当の百瀬さん』って、このことだったんだ」
「和泉さん…」
さらさらと、彼女の長い髪が揺れた。
窓から射し込む光を受け、少し明るい茶色に輝くその髪を、俺はなんだかちょっと眩しさを覚えながら見つめていた。
「今日、呼んでくれてありがとう」
「いいえー。どういたしまして」
おどけたようにVサインをしながら、彼女は嬉しそうに微笑んだ。



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