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ユメマボロシ
【ボーイズ 恋愛小説】

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ユメマボロシ-3

死体に付いた血を綺麗にふき取り、身体を清めてやった。
死体をベッドからどけて、血で汚れた毛布やシーツを、適当に丸めて押入の奥に突っ込んだ。
じっとりと、マットレスは血をたくさん吸い込んでいた。まだ乾いていないのに気が付き、その上に新聞紙を敷いた。そして、新しいシーツを敷く。
白さを取り戻したベッドの上に、俺は死体を横たえた。
自分の死体を見ているような、錯覚。
ぱっくりと開いた傷口。
その傷を付けたナイフは、鞘に納め、再び元にあった引き出しの奥にしまってある。
無意識に、自分の首を触っていた。
当然のことながら、俺の首にそんな傷はない。
その事実に少し違和感を覚え、俺は戸惑った。
…あるわけがない。俺は、こいつではないのだ。
まるで眠っているかのようなその身体に、俺は客室から持ってきた毛布を掛けてやった。
エアコンのスイッチを入れ、温度を一番低く設定する。
美しい姿が崩れて行くのを、少しでも防ぎたかった。
冷気が逃げるのを防ぐために、窓に目張りをする。
カーテンを引き、それもテープで固定した。
後は、ドアだけ。
俺は急いで部屋を出ると、外側から念入りに目張りを施した。
これでいい。
これでしばらく、大丈夫だろう。
俺はようやく、一息を吐いた。
気が付くと俺の手は、赤く染まっていた。
死体を拭いたタオルで、ゴシゴシとこする。
あまり効果はなく、仕方がないので洗面所に向かった。
洗濯機の中へ、無造作にタオルを放り込んだ。
そして、念入りに手を洗う。
ホラー映画でよく見る、「洗っても洗っても血が落ちない錯覚」というのを、少し期待していたが、そんな現象は起きなかった。

何気なく、鏡に眼をやる。
首筋にも血が付いているのに気が付いて、水の付いた手でこすった。
かすかな、違和感。
何かが、物足りない。
そのまま濡れた手で、頬に触れた。
俺は、こんな顔をしていたんだっけ。
鏡に顔を近付けた。
俺を凝視する、鏡の中の俺。
望みを果たしたんだろう?
鏡の中の俺が、問いかける。
だったらこれから、上手くやろうぜ。
俺は、鏡から離れた。
途端に、腹筋が連続して動いた。
「…は…はははっ……はっ…は…」
馬鹿みたいな笑いが、口から出て行く。
俺は壁に背を付け、そのままズルズルと座り込んだ。
「…はははっ…ははっ…」
笑いたいのに、上手く笑えなかった。
望みを果たしたはずなのに、全然嬉しくなかった。
「……はっ…は…は……」
涙が、零れた。
どんなに頑張ってみても、本当の気持ちからは逃れられない。
捨てたはずの残像が、頭から離れない。
温もりも、感触も、俺の身体から離れて行かない。
俺を呼ぶ声も、心地よいあの鼓動も、耳元で繰り返し繰り返し、再生を続ける。
「……ユウ…」
俺は呟いた。
ユウ、ユウ、ユウ、ユウ、ユウ、ユウ、ユウ………。
切なくて苦しくて、俺は力一杯、自分の身体を抱きしめた。
やっと、解った。
俺は、『ユウと同じ姿をした自分』を愛していたのだ。
得られないと思った愛を、自分を愛することで補ってきた。
俺は、間違っていた。
俺は最初から、ユウを愛していたのだ。
「ユウ…」
俺は、自分の首を触った。
「…あれ…、おかしいな…」
あるはずの、傷がなかった。
「…ユウにあるものは、俺にもあるはずなのに…」
俺達は、双子。
『元々、一つの卵だったんだ。もう一度、一つになろう』
言ったのは、どっちだっけ。
あの、幸福感。
あれは、幻ではなかった。
愛してる、ユウ。
今度は、本当だよ。
やっと自分の気持ちに気付いたんだ。
だから、ねぇ。もう一度、鼓動を聞かせてよ。


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