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描き直しのキャンバス
【学園物 恋愛小説】

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描き直しのキャンバス-5

「……なんですか? どうして先輩も自分の作業をしてくださいよ」
「だから、後輩の指導も先輩の作業の一つでしょ? ほら、さっさと描く!」
「はい!」
 とりあえず、リンゴの輪郭を捉える。歪な円がキャンバスに描かれる。
 続いてバナナの流線型を描く。とがったモノが円に添えられる。
 最後に籠を大きく描く。バスケットというよりは、ボウルに近いモノが描かれ、なんだかよく分からない、アダムスキー型のUFOをさかさまにしたようなものにも見える。
「……君、センス無いね。普通、こういうときは籠から描かないかな……じゃないと全体のバランスが取れないよ?」
「仕方ないじゃないですか、俺は絵の描き方なんか知らないんだし、それに後輩の指導って言うなら、分かるように教えてくださいよ」
 少し強い口調の後輩に、はるかはフンと鼻息を鳴らす。とりあえず、落書きのようなそれを消すと秀人の後ろに立ち、同じ目線でモチーフを見つめる。
「せ、先輩?」
 女の子に免疫の無い秀人は、目線の端に捕らえられる距離のはるかに戸惑う。
「前を向く。そして見る。まずは籠、その次、バナナ、最後にリンゴ……」
 そう言われても春風の押し出すはるかの匂いに、秀人の理性はパンク寸前。以前感じた香水の匂いこそしないが、素の匂いらしい、ホンワリとしたそれが鼻腔をくすぐる度、異性を強く意識してしまう。
「いい、最初は一緒に描いてあげるから、力を抜いて……」
 秀人は右手に自分とは違う体温を感じる。はるかが手を添えているのだから当然だ。
 その手に導かれ、キャンバスに一筋の線を描く。それと交差する線を数本、そしてまた交差させる線を数本。徐々に籠の外観が出来上がる。
「ね、簡単でしょ? 次は……」
 白くて華奢、肉付きが悪いから少し硬い。弱弱しい力に導かれるまま、キャンバスを走る右手。袖が擦れあう微妙な刺激すら捉えてしまう。
「あ、ダメだよ、そんなに力入れちゃ……」
 過剰な緊張の所為か、秀人の右手がおかしな線を描く。
 はるかの爪が手の甲に食い込む。痛いはずなのに、何処か心をくすぐる刺激……。
 その後も何度か、それこそ痕がつくぐらいに無駄な線を描くイタズラな右手だった……。
***
 リンゴ、そしてバナナ……背景に陰影をつけ、そこまでの時間はおよそ一時間弱。余分な行為の結果だが、秀人にとっては十分と感じない。
 はるかは今も絵の描き方について講釈を続けているが、肝心の秀人は上の空。ただ目の前のそれを見続ける。
「……ちょっと、聞いてるの?」
 ほうけている秀人をはるかが小突く。
「す、スイマセン……その、見惚れちゃって……」
「そう、まぁこれくらいなら半月もあれば出来ると思うけどね……」
 少し照れくさそうにそっぽを向いて言うはるかに、愛想笑いを返す秀人。
 少年の見惚れていたものは、その横顔なのだが……。
***
 放課後、もう後輩指導はなくなってしまったが、それでも絵の描き方を聞くと、たまに二人羽織りをしてくれる。そんな役得が期待できるとあって、最近の秀人は変に力が入っていた。
 これまではおざなりにしてきた学業に力が入り、掃除も率先してやるようになった。
 全ては部活の時間を削られない為……ようは下心なのだが、良いほうへ作用したわけだ。


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