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描き直しのキャンバス
【学園物 恋愛小説】

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描き直しのキャンバス-10

***
「君ってホントバカ、そんなの無視しなよ。っていうか、そんなんじゃみんな君をいいように使うだけだよ?」
 部室の掃除を一人でやるように命じた側が、命じられた側をなじる。サルが他のサルのケツが赤いことを笑うのに似ているのだが、はるかは自分以外が秀人を利用するコトが気に入らないらしい。
「でも、女子に嫌われたら地獄ですよ? クラスの半分は女子なんですし」
「うん、それはよく分かる……」
 急に沈んだ声になるはるか。そういえばはるかのプライベートな友人を見たことが無い。
 秀人も友人といるところを見られたことは無いが、その日に起こったことを報告する(その都度、辛口な突っ込みが入るわけだが)のが最近の日課になっており、面識は無いものの、数人の名前ならはるかも知っている。
「先輩は普段どうなんですか? やっぱりクラスでもそんなふうに偉そうなんですか?」
「偉そうってどういう意味よ」
「いえ、その高貴なんですか?」
 高貴イコール偉そうというのはどうだろうか?
「あんまり……」
(あんまり?)
「浮いてるかな? ……クラスの中じゃ」
 寂しそうに上を見るはるか。
「先輩、もしかして……」
 さすがに言葉を飲み込む。
 この短い付き合いだけでも分かる。はるかはプライドが高い。もし『苛められているの』などと聞いたらどうなるか? 嫌な空気と歪な距離、あのOBが来た日のようになりそうで怖い。とりあえず言葉を濁すことにする。
「あ、あぁ、そのおじいちゃん元気ですかね?」
「……生きてんじゃない? 幽霊だけど」
「先輩、それ言いすぎですよ? もし聞いていたらどうします?」
「大丈夫よ、耳も遠いから」
「分かりませんよ? 悪口だけなら聞こえるかもしれませんし」
「だとしたらどうなるかな、化けて出るとか?」
「またそんなこと」
「そしたら秀人君はどうする? か弱い私を守ってくれるかしら?」
「ええ、例えおじいちゃん先生が亡霊先生になっても平気ですよ。安心してください」
 力強く胸を叩く。最近は運動をしていないが、それでも中学時代の基礎体力がある。少しは頼りにしてもらっても良い。
 はるかも嬉しそうに笑うのでつられて笑う。
「……そんなにたのしいかのぉ……」
 静かに美術室のドアが開くと、例のおじいちゃん先生がぬっと顔を覗かせる。その様子はさながらホラー映画のワンシーン……。
 結局、今学期初めて現れた季節外れの幽霊顧問に、二人は仲良くお灸をすえられたわけだった……。
***
 ――教室が騒がしい――
 さっきから女子の、悲鳴に似た声が耳に響く。
 ――右手が痛い――
 手の甲が赤黒く、中指の辺りから出血している。
 ――誰かが俺を後ろから羽交い絞めにする――
 友人の一人だけど、さっきから「落ち着け、秀人」と叫んでいる。
 ――制服の白が嫌な赤を持っている――
 目の前でクラスメートが鼻血を出して俺を睨んでいる。
(ああ、思い出した。俺、石垣を殴ったんだ……)
「それで、いったいどうして高木はこんなことしたんだ」
 生徒指導室、クラス担任の青井が俯いたままの秀人に尋ねる。
「……石垣君が掃除をサボるからです」
「それだけじゃないだろ?」
「レポート見せろとか、卑怯なことばかりするからです」
「高木、そんなことぐらいでケンカしたのか? もっと別の理由があるだろ?」
 今年初めてクラスを受け持つことになった青井は、困惑気味に秀人を見る。
 確かに、クラスにおける石垣の行為は横暴に近いものがあった。
 『自分はサッカー部の期待の新人』、その意識が彼を増長させ、青井もそれを放任していた面がある。しかし、クラスという単位の中でそういう分子が出るのは必然で、円滑な高校生活を望むのなら、多少の臍は噛んでもらいたいのが本音だろう。
「石垣、それは本当か?」
「……はい、でも高木君に掃除を代わってもらったのは一度だけだし、それに埋め合わせをするつもりはありました」
 心にも無いことを口にする石垣。それが詭弁であることは承知なのだが、あえて咎めることはしない。
「とにかく、みんなの話だと高木がいきなり石垣に暴力を振るったみたいだな。それで間違いないか?」
「ありません」
 秀人は視線は下に向けたまま、感情のこもらない声で返す。
「……ふぅ、分かった高木は今回のことの反省文を提出しろ。それと石垣、お前も掃除をサボるな」
「はい……」
 言葉だけ重なる。とはいえ、互いに視線は交わらない。当の青井も二人を和解させるつもりなど無い。義務教育以後のケンカなど、灰色決着でかまわないのだろうし……。


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