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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】六章:卵-4

 幼い頃、鋳掛け屋のグレンが言っていた。あの話だけは、今でも不思議なほど鮮明に覚えている。悪魔たちは、『彷徨える』なんとかって歌を歌っていたと。それでは、あの話に出てきた幽霊とやらはエレンと何か関わりがあるのだろうか?他にページをめくったが、エレンについて書かれている詩はこれしかなかった。

「エレンの民……か。なあ、わたしはエレンの王様の子なんだってさ」アランは卵に話しかけた。「どんなところなんだろう。ずいぶん風変わりなところらしいけどな」

 アランは想像してみた。歌う木々に、歌う獣や雨、そして、あの地に数多居るという怪物の事。王の死。エメラルドの島と形容されたエレンは、今はもう荒れ果ててしまっている。かつて栄えていた都も荒れ果てて崩れ落ちる寸前だと聞く。故郷に戻ることを一度は、いや、幾度も夢に描いたけれど、荒廃した故郷を目の当たりにするくらいなら、別の地に旅に出た方が良いのかも知れない。船の音と潮騒に身を任せ、あてどもない旅に出るのだ。生まれも、育ちも、信じる神も関係ない、自由で気ままな旅だ。そうなったらどんなに良いだろう。しかし、故郷に帰らぬまま一生を終えることになるのは嫌だとも思う。荒れ果てた故郷の惨状を思うほどに、恐怖と憧れがない交ぜになった感情がアランの心を苛んだ。そして、幾度となく自分を突き動かしてきた、例の奇妙な確信。

 ――いつか。いつかおまえは、エレンの土を踏むのだ。

 ああ、そうだ。でも、それは最後の最後で良い。せっかく手にしかけた自由を、そう簡単にエレンに奪われたくはない。旅に出たいのだ。世界を知る旅に。

「そうしたら、お前もついてきてくれるか?」冗談っぽく問いかけた。すると、卵の中でごそごそと動く気配が感じられた。健気な奴め、とアランは思い、暖炉に火を入れようと立ち上がった。

 マクスラスと言う家名ががアマデウスになってから、まだ数週間ほどしか経っていないとは信じられない。もう何ヶ月もの時が、この城の上を過ぎて行ったような気がした。悪魔討伐への出発は明日にまで迫ったが、アランにはまるで緊張感というものがなかった。今回が初陣となるのは、アランとウィリアムの二人だけだ。ウィリアムはそのせいで、余計に気むずかしくなっている。アランはその真逆だった。戦い、それも、悪漢を相手取った戦いだ。腕に自信のあるアランは、早く戦闘に参加したくてうずうずしていた。

 アランは、夜の深さを確かめようと窓の外を見た。薄暗い部屋の中から、闇に沈んだ森の様子がよく見える。もう夜半を過ぎただろう。そろそろ寝支度をしなければと思った時、森の方から一筋の煙が上がっているのが見えた。

「何だ……密猟者か何かか?」

 トルヘア島西部がトルヘアに統合されて以来、このあたりの森と森の獣はすべて、トルヘア王の所有物になった。狩猟の許可証無しに森の獣を狩ることは罪とされ、眼球をくりぬかれるという、えげつない刑に処せられる。どんなに平和な時代でも、密猟者が居なくなることはない。それは、国民全員が飢えずに暮らせるようになるのと同じくらいあり得ないことだ。加えて、民にはトルヘア王から重い税金が課せられている。密猟者による狩りは、なくなるどころか増加の一途を辿っていた。しかし、密猟者が、たとえ夜とはいえ、たき火をたいて人の目を引くようなことをするだろうか。旅の一団?チグナラが夜営をしているのだろうか。それとも、もっと別の何か?

「もしかして……」

 考えがまとまる前に、アランは狩りに出かける時の服装に着替え始めていた。黒い外套を着ると、ランタンを腰に下げて、念のため剣も下げた。最後に卵を布団に来るんで、暖炉に近すぎないところにおいた。

「行ってくるよ。私が居ない間に孵ったりするなよ」アランはそう言うと、部屋を飛び出して、あっという間に城を出た。着替える時に、お守りの石を外したまま忘れてしまったことには、最後まで気づかないままだった。


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