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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】七章:クリシュナ-1

第七章 クリシュナ



 男は、月明かりに浮かびあがる堅牢な門を見上げた。ずんぐりとしたコルデン城によく合う、いかにも堅牢な城門だ。巨大な石を積み上げて作った城は、無言の威圧感を湛えて訪問者を迎えていた。城門の脇に立つ二本の木までもが、彼のことを見下ろしている。言葉を語る口さえあれば、彼を厳しく誰何していただろう。暗闇の中に浮かび上がる男の姿は、木から見ても、もちろん人の目から見ても怪しい。暗闇に容易に溶け込める黒い装束。月が作り出した陰が、すっと立ち上がったような雰囲気があった。

 妙な感覚だ、と男は思った。背中の産毛が針金のように逆立っている。心の半分は、この城にはやく入れとせっつき、もう半分がそのことに本能的な恐怖を感じている。男は目を閉じて、かすかに聞こえる囁き声に耳を傾けた。本当に幽かだ。何かにがっちりと閉じ込められているように、弱々しくて小さな声。だから警戒心をゆるめられないのだろう。普段はこんなに「聞こえ」が悪いことはないからだ。しかし、少なくとも声が聞こえる以上、ここにお目当てのものがあるのは間違いがなかった。この城は古い。おおかた、大昔にこの城に居た誰かが魔法よけを施したのだろう。昔は魔法もそれほど珍しいものではなかったから。けれども、もうずいぶん長い間、魔法避けの術は放って置かれたままになっているようだ。当然だろう。今、魔法はほとんど残っていない。魔法を使う者が城を襲う脅威など無いに等しい。唯一魔法と生活が共にあったエレン国が滅びた今、魔法は物語や伝説の中に織られたまま、耳で聞き、口で語るだけのものになってしまったのだ……ほとんどの者にとっては。

 だが、クリシュナにとってはそうでは無かった。六角柱の石英を握りしめ、石が語りかけてくる言葉を復唱する。力の解放、増幅を促す言葉は、時になめらかに、時に石の形そのもののように鋭くなる。石の言葉と自らの言葉が重なり合った時、彼は柔らかく地面を蹴った。重力から解き放たれた身体が、ふわりと上昇する。村を貫いて伸びている一本道に向けられた、城門の楼の窓をめざして飛び上がる。ちょうど良い高さまで来たところで、ふっと口をつぐむ。窓の縁に足をかけると、いきなり肩にのしかかるように重力が戻り、体中の血液が足下にぐっと沈んだ。その間にも、油断なく門楼の人影に目をこらしていたクリシュナは、不意に視界に飛び込んできたものに思わず声を上げた。

「うわっ」見張りに立っているはずの兵隊が、一人残らず床に突っ伏していたのだ。駆け寄って身体に触れると、まだ暖かい。よかった、ちゃんと生きている。

「脅かしやがる」彼は独りごちて、誰であれ仕事をやりやすくしてくれた奴に感謝した。門楼には数人の兵隊が居たが、全員が伸びている。先客が居るというのはありがたくはないが……。とにかく、誰かが目を覚まさないうちに城の内部へと続く道を探した。



 果たして、彼は難なくその道を見つけた。しかし、奇妙な感覚はまだ無くなっては居なかった。むしろ、城の内部へ入るにつれてその感覚は増す。今彼が感じているのは恐怖ではなく、焦燥感だった。何かをこの場所でしなければならないような、変な気分だ。もしかしたら、依然にここへ忍び込んだことがあったのかも知れない。それは充分にあり得る。彼には、七年より昔の記憶がなかったから。見覚えのあるような気がする井戸の脇を通り、見覚えのあるような気がする回廊を忍び足で渡る。城の中は、外見と同じようにどっしりとしていて、余計な飾りも、装飾も見かけなかった。ここの領主は、自分が金持ちであることをひけらかしたい人間ではないのだろう。おそらく、城が出来た当初から、ほとんど手を加えられていないに違いない。そう言う姿勢には好感が持てる。クリシュナが忍び込んだ屋敷の中には、一糸まとわぬ女体の彫刻が廊下を突き当たりまで埋め尽くしていたところがあった。生身の女性に失望したか、自分を異国の神話に出てくる彫刻家の生まれ変わりだとでも思っていたのか。自分の掘った像に恋をした男の話だ。最後は美の女神がその像に命を与え、生身の女になった像と男の恋が成就し、めでたしめでたしになる。しかしあの数の多さを考えれば、美の女神が彼の願いを聞き届けていないことは明らかだったが。


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