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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】六章:卵-3

「狩りや訓練と違うことくらい、わかってるさ。私を誰だと思ってるんだ?女子供じゃあるまいし。言いたいことがそれだけなら、もう行くよ」アランは詰め寄って険悪な目つきで義弟を見上げた。ウィリアムの表情は、普段から決して豊かとは言えなかったが、この数日で、その無表情に磨きがかかったようだった。今も、彼の顔の上には怒りも悲しみも、どんな兆しも浮かんでいない。「それだけだ」彼は言った。アランは鼻を鳴らすと、大股で歩き去った。しかし、数歩歩いたところで振り返ると、ウィリアムの――記憶していたより大きな――背中に向かって言った。「それとな、調子がおかしいのはお互い様だ!」

 アランは乱暴に自分の部屋のドアを閉め、荒い呼吸を治めようとした。

 ウィリアムがあんな目で自分を見たのは初めてだ。今までアランに対して向けていた視線とはまるで違う。全く新しい誰かを見るような目で、ウィリアムはアランを見た。結局は怒りにまかせてその場を後にしたものの、国教の奴らがみんなでやってきて『マクスラス』の名前を奪って以来、アランはある罪悪感を覚えていた。彼を支えてやらなければならない時に、逃げている。もしかしたら自分の正体が彼に知れてしまうのではないかということを恐れるあまり、彼を避けているのだ。ばれるはずはないと思っていた。ずっと兄弟同然に暮らしてきたのだから、向こうだってそんな疑いを抱くはずはない。でも、その兆候はある。イアンだってアランの顔に母の面影を見た。母に似てきたと言うことは、女らしくなってきてしまっていると言うことでは?ここのところのウィリアムの態度にも、もしかしたらそれで説明がつくのではないか?いや、ひょっとすると、彼はもう気づいているのかも知れない。それなら、いっそ彼に真実を話してしまった方が良いのでは?でも……。

「くそっ」

 答えなど出そうもない思考の渦に揉まれ、吐き気すらこみ上げてくる。いらだたしく頭を掻いた。

 考えることに疲れて、卵の隣に腰を下ろす。暖炉の炎は消え、今は熾に火の名残りがあるのみだった。呼吸するように赤くなったり、収まったりを繰り返す熾を見つめながら、しばらくは考えることを忘れることが出来た。

 卵は、もう手では持ち上げられないほど重く、大きくなっていた。アランはため息をついて、ごちゃごちゃした雑念を追いやると、卵を腿ではさんで、その上で本を開いて歌を読み聞かせることにした。戦争を歌ったもの、英雄を讃えるもの、冒険譚、様々な歌があった。夢中になって目を通している内に、一つの詩が目にとまった。

「彷徨える者の岬……」



 「アルバの山の、一番に高い峰からならば 見ることも出来よう

 蒼き波間 エメラルドの島 エレンの白い浜

 そこでは木々が歌うという 獣が歌い 雨が歌うという



 ある朝、旅のゴルジア人が歩いていた アルバの岬を

 篠突く雨 船上の乙女 逢い初めは徒夢の如し

 乙女はエレンの民 その耳に残るは 亡国の音



 乙女は語る 涙ながらに、エレンの王の死を

 馨しいエレンの風は死にました 愛らしい獣の歌は途絶えました

 石垣は崩れ 森は立ち枯れ 民は次々に倒れました

 麗しい我が王様がお亡くなりになって

 物の怪が国を覆ったのです



 そう言って乙女は消え去った

 哭くような風の音を いつまでも岸に残し

 今ではその岬は こう呼ばれている

 彷徨える者の岬と」


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