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『Scars 上』
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『Scars 上』-9

「……おい、いいのか?」
耳元で、レイがささやく。
「何が?」
「マツリ。怒って帰っちまったぞ?」
「ほっとけ」
マツリなんてどうでもいい。
『イオリのバカ! もう知らないからっ!』
そう言って、駆けていったマツリ。
……まあ、いつものことだ。
俺の頭にはどうやって昨日の借りを返すかしかない。
幸いあの大男の影は見当たらない。
この女だけなら、どうってことない。
女相手に卑怯だろうか? 男らしくない?
……上等だ。
「私、この人たち知ってる」
話しが盛り上がっていたユウジと、レイを気に入ったらしい女の子。
そんな二人の間に水を差すように、俺たちを見て青ざめていた女の子が口を挟む。
口を挟んだ女の子は、俺たちと目を合わさないように俯き、ぼそぼそと控えめに話した。
「すごい有名な不良。中学生の時、同じクラスの男子達がボコボコにされた」
怯えたように肩を震わせて話す女の子。
「もうバレたぞ、ユウジ?」
レイが面白そうにユウジを見る。
「ちっ、いつもこれだ」
呆れたようにつぶやくユウジ。
結構乗り気だった女の子も、軽く青ざめている。
俺は、昨日の女から目を離さなかった。
女は一瞬、俺を強く睨みつけた。
「……逃げよっ」
怯えてる女の子の手を取って走り出す女。
「ちょ、ちょっと待ってよ、アスカ!」
もう一人の女の子も、慌てて後を追いかける。
「残念だったな、ユウジ」
レイがユウジの肩を叩く。
「もう少しだったのによう」
ユウジは少し残念そうだった。
いつもだったら、これでユウジをバカにして帰っている所だった。
でも。
「待て、コラァ!」
駆け出した。
女の背を追って、全力で走る。
「イオリ?」
間の抜けた声で俺の名を呼ぶレイとユウジを残して。
自分でも信じられないが。
俺は、頭に血が上っていたんだ。

久しぶりに全力で走った。
暮れて行く夜の街。
人でごった返す雑踏の中、三人の少女達を目指してひた走る。
悲鳴をあげて逃げていく少女達。
俺は全力で走る。
もうすぐで追いつけそうな所で、少女達の一人が突然、道を曲がった。
「アスカ?」
曲がったのは昨日の女。
驚いて足を止める二人の少女を無視して、俺も道を曲がる。
他の女に用はない。
目の前を、昨日の女が走っている。
狭い路地。
少し振り返って、女は俺が付いてくるのを確認する。
「ちっ」
聞こえてくる舌打ち。
長い髪を振り乱す女のスピードが上がる。
「くそ、やっぱりネコ被ってやがった!」
俺も地面を蹴る脚に力を入れた。
流れていく周りの景色。
街の灯りが寂しくなっていく。
どんどん街から遠ざかっていくようだ。
ふと、冷静になる。
俺は何を熱くなっているのか。
全く計画も立てずに、ただ怒りに任せて女を追い掛け回して。
こんなの俺らしくない。
それでも。
頬に熱を感じるんだ。
昨日、あの女に殴られた頬が、風に当たって火照るんだ。
……俺は。
誰にも負けたことはなかったんだよ!
「クソが!」
毒づいて、勢い良く地面を蹴った。


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