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『Scars 上』
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『Scars 上』-10

女の背中が徐々に近づいてくる。
全速力だった。
どれくらい走り続けているのか。
こんなに走ったのは、本当に久しぶりだった。
変わっていく景色。
もうとっくに街中からは抜け出していた。
俺を振り返る女の顔が苦悶に歪んでいる。
徐々に、ゆっくりになっていくスピード。
辺りは住宅街。
人の姿はまばら。
そんな中、俺たちは走り続けた。
俺の手が、女に届きそうになった時、俺たちは住宅街の中にある広い公園にいた。
女は立ち止まる。
やっと諦めたか。
俺も足を止めた。
女は、肩で大きく息をついていた。
それは、俺も同じだった。
鳩尾の辺りが痛い。
正直、今はこれ以上、体を動かしたくはない。
ホント、何を熱くなってるんだか。
「……何なの、アンタ?」
身体を折って、膝に手をつく女が俺を睨むような視線で見る。
「……お前には、借りがある」
必死に呼吸を整えながら、呟いた。
「アタシの全速力についてくるなんて、何者よ?」
言いながら女は、肩に背負ったラケットケースを下ろした。
タオルでも取リ出すつもりだろうか。
「お前こそ、本当に女か? なんだあのスピード」
額の汗を拭いながら、俺は答える。
呼吸を整えて、走ったせいで熱くなった頭が冷えていくのを待つ。
さて、この女をどうしてくれようか。
まだ少し痛みの残る頬に手を当てる。
昨日の借りは、きっちり返すぜ。
「そんなに昨日の続きがしたいってわけ? シバにやられたくせに」
かがんでラケットケースのジッパーを下ろしていく女。
長い髪が、サラサラと肩から流れる。
女の持つラケットケースは、テニスやバトミントンのものとは形状が異なっていた。
なんだあの形は? ラクロス?
そう思った瞬間、俺は反射的に上体を折っていた。
次いで聞こえる風切り音。
「よけないでよ!」
苛立たしそうな声を上げる女の手に握られているのは、見覚えのある木刀。
「マジかよ」
慌てて女から距離をとる。
「頭おかしいんじゃないか、お前?」
どこの世界に、ラケットケースに木刀忍ばせてる女子高生がいるんだ。
「うるさい!」
立ち上がる女。
びゅっと鋭い音を立てて、木刀を構える。
嫌な構えだった。
素人には見えない。
正眼の構え。
月光を背に立つ女。
整った顔に険しい表情を浮かべ、力の篭った強い目つきで俺を見る。
俺は、舌打ちを漏らしながら構えた。
女と対峙する。
間合いの詰め合い。
緊迫していく空気の中で、俺は妙な気持ちに陥った。
月明かりの下で木刀を構える女。
認めたくはないが、一枚の絵画を見ているような錯覚。
「ちっ」
今日、二度目の舌打ち。
気を引き締める。


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