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『Scars 上』
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『Scars 上』-12

「アスカが世話になったな」
昨日の大男だった。
ゆっくりと立ち上がる大男。
女はこいつをシバと呼んでいた。
俺は、毒づきながら構える。
ここでコイツとやるんだったら、レイたちを置いてくるんじゃなかった。
シバとの対峙。
一瞬の静寂。
灯りのない闇の中で、シバの目だけがギラギラと輝いている。
やばい。
頭の中で警鐘が鳴り始めた、瞬間。
「があ!」
シバが動いた。
その巨体に見合わぬ、素早い動き。
「くっ」
とっさに顎を引く。
ブンッ!
今しがた顎のあった場所に、シバの巨大な拳が突き出される。
もう一撃来る!
そう感じたときには、掌を顔の前に出していた。
バシッ!
肉と肉がぶつかり合う、乾いた音。
とっさに顎をガードするために出した掌に、シバの巨大な拳が吸い込まれている。
掌が燃えるように痛かった。
今にも煙が立ち上ってきそうなほど。
何もせずに、貰っていたらと思うと、背筋が寒くなった。
「……なかなかやるな」
喉が潰れたようなシバの声。
地獄の底から響くような、その声を聞いて、俺は冗談じゃないと思った。
「なめるな!」
苦し紛れのローキック。
シバの拳を掴んだままで出したそれは、あっさりとシバにかわされてしまう。
それでも、と。
体を反転。
ひねるように腰を回転させて。
昨日の借りを反すとばかりにローリングソバットを繰り出す。
「……甘い」
それを、後ろにスェーバックしてかわすシバ。
ただでさえ、足場の悪い雑木林の中、シバは器用に後ろに下がっていく。
「クソがっ!」
怒りに任せて、足技を繰り出す。
右足。
左足。
バランスを崩しながらも、俺は大振りなキックを繰り出し続けた。
なんなくかわすシバ。
その表情には嘲りの表情さえ浮かんでいる。
確かに、端から見れば、俺が焦って当たりもしない蹴りを闇雲に出しているように見えるだろう。
現に俺は焦っていたが。
こんな化け物と正面切って戦うなんて、馬鹿げている。
だから。
「食らえ!」
俺は、再び闇雲に足を蹴り上げた。
地面を深くえぐりながら。
「ぬっ!」
余裕の表情で俺の蹴りをかわし続けていたシバ。
その顔に、大量の土がかかる。
「キサマ!」
突然の目潰しに、顔をしかめるシバ。
一瞬ではあるが、俺の姿を見失う。
俺はその隙を見逃さない。
暗い雑木林の中、公園の出口を目指して走り出す。
撤退。
逃げてしまえば、俺は負けない。
また次の機会。
……大勢の兵隊連れてきて、おまえをボコってやるよ。
そうほくそ笑んだ時。
「待て、コラァ!」
寝ていた鳥達が、一気に木々から飛び立つほどの大声を上げて。
シバが俺を猛追してきた。
まあ、あれくらいの目潰しで逃げられるとは思っていなかったが。


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