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『Scars 上』
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『Scars 上』-13

「ぶち殺してやる!」
物騒な事を怒鳴りながら、シバが物凄いスピードで追いかけてくる。
俺は、先ほど状況把握した公園の間取りを思い出す。
雑木林を抜ければ。
蛍光灯を取り替えたばかりなのか、嫌に明るい公衆トイレがあって。
俺は一目散に男子トイレに駆け込んだ。
鼻をにつくトイレの異臭。
目も眩みそうな蛍光灯の灯り。
薄汚れた青いタイル。
トイレの壁にぶつかりそうになりながら、反転。
数秒遅れて駆け込んできたシバを迎え撃つ。
「なめたマネしてくれるじゃねえか」
よほど頭にきているのか、シバの顔はどす黒く変色している。
「男だったら、正々堂々戦えよ!」
ゆっくりと構えるシバ。
俺は思わず笑ってしまった。
……歯が浮くようなことを。
「ふふっ、そうだな」
ゆっくりと俺も構えながら、ある一点を凝視する。
シバの背後に広がるトイレの出口。
次いで、見上げた天井には、煌々と灯る一本の蛍光灯。
「正々堂々と、喧嘩するか?」
言いながら、俺は目を閉じた。
視界が闇に閉ざされていくのを感じる。
そして、ばれない様に靴のカカトを外す。
「何のマネだ?」
急に目を閉じた俺にシバがいぶかしむ。
「集中してんだよ」
「バカにしてんのか!」
シバの殺気が増すのがわかった。
「そんなつもりは……、ねえよ!」
思い切り靴を飛ばした。
「なっ――」
驚きの声をあげるシバ。
靴は回転しながら宙を舞う。
しかし、シバを狙ったわけじゃない。
ガラスの割れる音。
その音に、俺は目を見開く。
そこに拡がるのは、完全なる闇。
トイレの蛍光灯は、俺の飛ばした靴に無残にも割られていたのだ。
「なんだ!」
闇の中で、シバが困惑するのが見える。
さっきまで明るかったトイレは、一瞬で闇に包まれていた。
少しでも目を閉じて暗闇に備えていたのが功を奏したのか。
あるいは予測していたからか。
室内が真っ暗闇でも、さほどの戸惑いは感じない。
対するシバは、突然奪われた視界に困惑しているだろう。
「バカが!」
戸惑うシバの顔面に渾身のストレートを放つ。
あっけなくシバの顔面にヒットした。
「このガキ!」
シバは激怒して力任せの一撃を放つ。
しかし、俺は元いた場所にはすでにいない。
背中でシバの一撃がトイレのタイルを割る音を聞きながら、俺は外に飛び出していた。
そのまま公園の外に駆け出す。
と、思わせて隣の女子トイレに滑り込む。
「絶対に、殺してやる!」
重い足音を響かせてトイレから飛び出すシバ。
俺はそんなシバの足音を、女子トイレの冷たいタイルに体を預けながら聞いた。
遠くなっていくシバの足音。
「……バーカ」
小さく呟く。
ややしばらくして、俺は女子トイレから出た。
今までの喧騒が嘘のように、静まり返る夜の公園。
暗闇に包まれた男子トイレから、飛ばしたローファーを探し出しながら。
俺は背筋にびっしりと冷たい汗をかいているのに気づいた。
シバと、あの女、アスカと呼ばれていたか。
目を疑うほどの強さを持つシバに、木刀を振り回すアスカ。
俺はポケットからいつもの扇を取り出して、開いた。
白地に舞う桜の柄。
「BMTの前に、まずあいつらをなんとかしないとな」
誰もいない夜の公園。
誰に問うでもなくもれた呟き。
ただ、その呟きに、俺の頭は速度を上げて回転していく。
あの二人をぶちのめすために。


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