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そいつ
【純文学 その他小説】

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そいつ-3

 事故の知らせを受けたのがいつごろのことだったのか、僕はもう覚えていない。多分、5年前と7年前の間くらいだろう。僕はもう、それがどの季節だったかさえ覚えていないのだ。もしかしたら、ちょうど今頃のことだったのかも知れない。とにかく、そいつは死んだ。僕は葬式には出なかった。出てやりたかったが、むかし一緒になって悪さをしたときに、ふたりして揃って親を呼び出されたことがあったから、何となく顔を出しづらかったのだ。もっとも、そいつの親ならば気にしなかっただろうが、僕は気にした。残念だったのは、どんな写真を遺影にしたのかに興味があったのに、それを見ることができないことだった。でもせめて、線香を立てるくらいはしてやりたいと思った。

 葬式の日からしばらく経ったある日、僕は中学校のグラウンドの隅に行ってみた。僕たちがそこに通っていた頃、よく一緒に座りこんで話をしていた場所だった。僕はポケットから、ついさっき買ったばかりの缶コーヒーと、一緒に買ってきた各種タバコを取り出した。タバコはウィンストンと、マルボロの赤と緑と、セブンスターだった。そいつはあまり銘柄にこだわってはいなかった。ただ、「ウィンストンが平均的にいつもうまいような気がする」とだけ言っていた。僕はどれを吸っても、いつも最悪にまずいと思っていた。吸いやすいのはメンソールの入ったマルボロの緑だったが、吸いやすいからと言って、それがうまかったわけじゃない。単に我慢できるというだけの話だった。だけどその日は、死者に付き合うのも、たまにはいいかという気になった。僕はそれらを順番に取り出しながら、コーヒーを飲み、タバコを吸い、それらの味について感想を述べた。そいつの霊にでも話しかけるつもりで、僕たちは、僕は、頭のなかで話をした。初めは声に出して話しかけたが、そのうち
馬鹿らしくなってやめた。タバコを取り出すときは二本ずつ取り出して火をつけた。一本は僕のためで、もう一本はそいつのためだった。

 特に悲しいとは思わなかった。
 そいつが死んだことは、まるで中東の情勢不安のように、事実ではあったが、僕に直接関係があることだとはあまり思えなかった。だけどそこには一種の儀礼があった。そして、僕はそいつの死をきっかけに、ゆっくりと死について考えることもできた。だからそこに座り、しばらく時間をかけてタバコを吸い続けていた。

 一時間くらい経って、さすがに吸いすぎで気持ちが悪くなったので、僕はもう帰ることにした。タバコの残りは、座ったまま、靴のカカトで地面に穴を掘って埋めてやった。最後にそいつのために一本だけ火をつけてやり、他のと同じように地面に立ててやった。僕も、マルボロの緑を最後に吸った。
「お前はウィンストンな」立ち上がりながら、僕は言った。
声に出してそいつに話かけたのは、それが最後だった。

 僕はまだ、そいつにお別れの言葉をかけてやっていない。そして死者であるにも関わらず、名前をきちんと呼んでやってさえいない。だけど別に構うことはないだろう。正真正銘の悪友だったのだ、そいつは。


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