投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

そいつ
【純文学 その他小説】

そいつの最初へ そいつ 1 そいつ 3 そいつの最後へ

そいつ-2

「そんで、その非生物とか詐欺師とかいうのは何」
「ドロシーの自伝でも読めばいい。けっこう波乱万丈だったらしい」と僕は言った。
「まあ、ブルースシンガーっぽいよな。そういうのがあったほうが」そいつは訳知り顔で言った。
僕はおかしくなった。このタイミングで本当のことを教えてやろうかと思ったくらいだった(実はオズの魔法使いの主人公の女の子だよ)。
「んで、ドロシーは魔女に会ったわけ」
「会ったというか、出会いがしらに勢い余って殺しちまったらしい」
「魔女を」
「ああ、比喩だろうけどな。ブルースシンガーらしい比喩だろ」
「殺したのは何、本当に殺したわけ」
「でっかい鈍器かなんかで」
「そりゃお前、なんかドラッグでもやってたんじゃねーの」とそいつは言った。
「そうかも知れんな。かなりファンタジックな自伝だった。サイケデリックでね」僕はカップにあるコーヒーを飲みほした。「でも、そういうのが聴きたいんだろ」
「そういうのかどうかは分からんけど、とにかくブルースだな。ブルースが聴きたい」とそいつは言った。
「カンザスシティは最高だ」と僕は言ってみた。
「1971年、ニューヨークじゃさんざんだった」
そいつも言って、それから僕らは店を出た。



 そいつと僕とは同い年で、中学の時に良くない付き合いをしていた仲だった。二人してよく放課後に連れ立ち、反抗期らしい悪戯から、犯罪じみた、ちょっと洒落じゃすまないことまでやった。そいつはいわゆる不良で、僕はどこにでもいる不真面目な生徒に過ぎなかった。それなのに、僕はどういうわけかそいつに気に入られてしまって、休日に誘われて一緒にうろつき回ることさえ時々あった。

 中学を卒業してからは会うこともなくなったが、一度だけ偶然に出会ったことがある。夜道で、帽子を目深にかぶっていたから、そいつはものすごく怪しい男に見えた。そのとき僕は高校から急ぎの帰りだったので、少し挨拶をしたくらいで別れた。
「また一緒に何か悪いことしよう」と別れ際にそいつは言った。
「あほか」と僕は言っておいた。僕にはもうそんな気はなかったのだ。
同じ中学から同じ高校に進学した友達から、何度かそいつの噂を聞いた。相変わらず、面白くはあるが、ろくでもないことばかりやっていたみたいだった。高校はさぼり気味で、ストリートバスケをやったり、原付を乗り回したりしているということだった。「あいつ、免許とったんだね」と僕が言うと、「無免許だろ、あいつの場合」と友達は言った。

 何で未だにそんなことを思い出すのか分からないけど、一年に一回くらい、そいつのことを思い出すことがある。そして、頭のなかで、そいつと色々な話をしてしまう。当時そいつがどんなふうに話をしたか、今でもよく憶えているのだ。あの頃から全く成長したような気配を感じさせない口調で、「また一緒に何か悪いことしよう」とか「ブルースがいいよ。ブルースが聴きたい」などと、そいつは話しかけてくる。そうやって空想の会話をしているうちに、僕もあまり成長してはいないことが分かって嫌になる。

 まだ生きていれば、どんな風なのだろうと思う。そいつはバイク事故で死んだ。多分、そのときはもう免許を取っていただろう。
「きちんと免許をとって運転していたバイクで事故を起こして死んだ」―
決して望ましくはないが、一応、どこに出しても恥ずかしくはない死に方だ。

 そいつはよく「俺は別にいつ死んでもいい」と言っていた。それが何処のどいつに影響を受けたポーズだったのかは知らない。でも、そいつはとにかくそんなふうに言っていた。そんなときは僕も「そうだな」と同意したものだった。僕も別にいつ死んだっていいと思った。ふたりでそういう話をしながら、人生を投げたフリをするのが心地よかった。でも結局、そいつだけが先に死んだ。きっと「いつ死んでもいい」と言い続けながら死んだのだろう。正直に言って、先を越されたと思った。そいつが死んだあと、そんなフリが妙に板についてしまって、一体いつまで続ければいいのか、僕は分からないままになった。


そいつの最初へ そいつ 1 そいつ 3 そいつの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前