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風待つ島
【フェチ/マニア 官能小説】

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風待つ島-3

 長い夢を見ていたような気がする。それは幼い頃、この地に引っ越してきたときに初めてみた伊勢湾の島影や阿古屋貝の光沢や、むせるようなミャンマー北部の土埃や濁ったメコン川や、子供達の笑い声やらだった。
 ふと体を動かそうとしたが手が動かない。胸のあたりを見ると、頑丈そうな太いロープが幾重にも巻かれている。舫い綱だろうか? 両手は背中で組まされた格好で巻かれていて、上下に腕を動かすこともできない。自由がきくのは指先だけだった。足下に目をやると、太いロープは足首にもきつく巻き付けられている。口には詰め物がされ、その上からタオルの猿轡ががっちりとはめられていた。壁に背がもたれかかるようにして寝かされていた私が見上げた先、天上から吊された仄かな光を灯す電灯は、大きく不規則に揺れていた。それは海の波による揺れだった。そこが貨物船らしき船倉なのはすぐにわかった。
 私は思い出した。気を失う寸前、目の前にはあの渡鹿野島の漁師がいた。ということはこれはあの男の船で、向かう先はあの島しかないことになる。渡鹿野島はいよいよ牙を剥いて、私を生け贄として呑み込もうとしていた。

 最悪の船旅だった。手足をぐるぐる巻きに縛り上げられたうえに、いつも以上に波が高く、船酔いに強い私も気分が悪くなった。船着き場らしき場所に着くと、船倉の扉が開いた。夜の冷気と闇が船倉の床に滑り込んできた。入ってきたのは、やはりあの漁師だった。男は私の足首のロープだけをほどいた。
「さあ、自分で歩け!」
 男はきつく縛られたままの私の右腕を乱暴に掴むと、私を立たせ、前に歩くようにグイグイと引っ張った。私はよろけながらも転ばないように足を速めた。夜も更けた船着き場に人影はなかった。すぐ近くに止められていた四駆の後部に、背中を強く押されて私は俯せに転がされた。男は私の足首をまた縛ると、後部のドアを閉めた。

 わずか数分のドライブだった。私は再び足のロープだけを解かれて車外に出た。そこは島はずれの小さな売春宿のようだった。男にまた腕をとられて人けのない玄関を上がり、二階への階段を上った。私は一番隅の狭い部屋に押し込められた。後から知ったが、そこはその売春宿の折檻部屋だった。まるで昔の吉原のような異次元の世界が目の前に広がっていた。男はまた私の足首を縛りながら言った。
「朝になったら、縄と猿轡はほどいてやる」
 男は立ち上がると、抵抗を諦めたように全身を拘束されたままぐったりと横たわっている私をしばらく見ていた。そして、少し穏やかな、満足そうな口調で言った。
「今夜はそうして寝ろ」
 外側から鍵がかけられると、部屋の中の饐えたような臭いに私は初めて気づいた気がした。

 翌日、半日ぶりに私は手足のロープを解かれ、猿轡をはずされた。漁師の男が食事と着替えを運んできた。私はこの男と行動を共にしてみて、この男は真のボスではないという確信を持った。夕べから、誰かが私を覗いている気がする。隣の部屋からなのか? 真のボスは、この捕らわれの身の私に影すら踏ませない用心深い男、つまりヤクザだろう。
「船で沖に運んで投げてもいいんだけどよ」
「殺さないの? ボスは誰? どこの組?」
「やっぱりオメエを攫ったのは正解だったな。オメエは殺さねえ。殺すにゃ惜しい体だ」
「ここで客でもとれと?」
「シャブ漬けにして顔変えて沈める手もあるけどよ、文屋さんじゃあな。まあオメエは輸出品だな」
「やっぱりね、警察も手を出せない仕組みがあるわけね」
「三重県警ごときに何ができる? お察しの通りよ」

 その夕方、私は漁師の男に初めての折檻を受けた。服を脱がされ、天上の梁から両腕をロープで吊されて、爪先立ちの姿勢にさせられた。その背中とお尻に、鞭が容赦なく飛んできた。ビシッという肉を裂くような音がしたその瞬間、熱と痛みがお尻と背中を襲う。私は激痛と屈辱感に唇を噛んで必死に耐えた。泣いたり叫んだりはできない。男の魂胆はわかっていたから。この部屋の隣は女達の部屋で、まだ客をとる前の時間帯だ。鞭の音や叫び声は筒抜けになり、彼女達に恐怖を植え付けることになる。
「オメエの経歴はもう調べ上げた。舐めた真似しやがって」
 男は右に回り、左に回り、あるいは真後ろから、立ち位置を変えてはいろんな角度から鞭を振るった。お尻全体が腫れ上がり、もう打たれた瞬間に鞭の先がどこに当たっているのかさえわからないほどだった。
 突然、鬼の形相で鞭を振るい続けていた男の手が止まった。右手で鞭を握ったまま、その鞭の先を床に垂らして私の方に近づいてきた。そして左手で私の顎を掴むと、無理やりに自分の顔の方に向けさせた。
「オメエ、やっぱいい根性してんな。逃げようなんて気、起こすなよ」
 男は笑いながらそう言うと、鞭を床に投げ捨てて出ていった。


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