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風待つ島
【フェチ/マニア 官能小説】

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風待つ島-1

 渡鹿野島は三重県志摩市の伊勢志摩国立公園に属している。リアス式海岸の湾の奥に位置し、外海から隔てられた波穏やかな島である。古くは風待ちの港として宿ができ、遊郭街が栄えた。今日、島の主産業は観光で、家族連れなども誘致すべくビーチの整備などに取り組んでいる。が、この島には影の顔がある。若年女性人口の比率が際だって高く、風俗関連の斡旋所が島中に点在している。警察や報道関係者を警戒して島全体に独自の情報網を敷き、写真撮影も制限するなど治外法権の様相すら呈していた。本土との交通は定期船もあるが、多くの家庭では漁船などを所有し、独自に送迎に用いているケースも多い。

 私は関西の大学を出たあと、地元伊勢市の出版社に就職した。編集記者として。学生の頃、ジャーナリスト志望だった私は東南アジアの取材旅行に出た。そこで目にしたのは、農村の貧困と人身売買の現実だった。ミャンマー北部では少数民族の子供達は中国農村部へと売られていく。男の子は労働力として、女の子は嫁不足解消のために。タイでは誘拐がビジネスとして流行っていた。
 私のタイ滞在中にも大きな事件があった。タイ北部、首長族の少女が韓国人ビジネスマンを自称する集団に攫われ、見せ物として南部の観光地に売り飛ばされたのだ。幸運にも事件は発覚して少女は保護され、拉致グループには逮捕状が出た。だが多くの場合、犯行グループが根回しをして地方政府や警察関係者に賄賂をばらまけば闇から闇である。さらには臓器売買ビジネスという恐ろしい噂まであるが、こちらの本場は中国らしい。
 もっと深刻なのは、これがよその国の話として片付けられない点である。タイからは多くの女性が身を売って日本に入国する。その元締めは40代の女性で、日本の大手マスコミも接触したことのある人物だ。仲介するのはタイと国交のある北朝鮮の商社である。その代表は日本に住むYという人物。密輸の噂も絶えない怪しさこの上ない人物だが、アンタッチャブルな総連の庇護下にあった。私はふと思う。タイから日本へ女性を組織的に売買するルートがあるのなら、その逆も可能なのではないかと。そう言えば、八尾市で行方不明になった若い女性がタイで発見されたという話も聞いたことがある。大阪のレストランで店長らが起こした女性客の拉致監禁事件も、その筋が関わっていて、海外に売り飛ばそうとしていたという噂が絶えなかった。
 とりあえず私は帰国して写真展を開催することに決めた。この貧困と人身売買の現実をより多くの人に伝えなければならない。そしてそれは対岸の火事ではない。国内でも私は、女性の人身売買というテーマに粘り強く取り組んでいく決意を固めていた。

 渡鹿野島のことは幼い頃から知っている。私の出身地、一志郡から島は近い。売春島。警察の手の届かない島。そこには私が取材してきたタイやミャンマー出身の若い女性も大勢いるらしい。私の足が渡鹿野島に向かったのは必然だった。私は出版社で地元の旧跡や観光スポットを取材する傍ら、休日には定期船で島に向かった。 
 初めて島に上陸したときの異様な感覚を、いまでもよく覚えている。いきなり船着き場の中年女性に私は呼び止められた。
「あんた、ひとり?」
 彼女の鋭い眼差しは私のカメラに向けられていた。
「地元の出版社の者です。観光スポットとか取材してるんですけど」
 彼女の表情が少し緩んだ。
「ああ、あの出版社の人? あんまりバチバチ撮らん方がいいよ。それから夜は、ひとりでは出歩かんことだね」
 その言葉には警告の響きが滲んでいた。私は今夜の宿を探すためにメインストリートに向かうことにした。ホテルなどもそれなりにあり、一応観光地の体裁は整えている。だが、何かがおかしい。部外者だから目立つのはわかるが、まるで見張られているようだ。私が某出版社の編集者であることは、行く先々の人々が皆知っている。私は慎重に行動することにした。とりあえず勧められた見栄えのいいホテルに泊まり、当たり障りのない観光スポットを見て回るような週末取材を重ねていこう。そのうちに、少しずつ島の内情もわかってくるはずだ。


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