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かつて純子かく語りき
【学園物 官能小説】

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かくてタキタかく語りき-2

暫く他愛もない話をしていると、ふと沈黙が訪れた。電車が進むリズミカルな音に耳を傾け、窓の外に広がる景色を見ていたら、背中にずしりと重みを感じた。それと同時に、ジュン愛用のシャンプーの香り。最近は僕もお世話になっているけれども。
「ん……」
僕は彼女を起こさないように、頭をそっと肩にのせかえた。規則正しい寝息を立てているのを見てほっとする。見たこともないような地名をよそに、昨日ジュンが語った「ケイちゃんとの思い出」に思考を駆け巡らせた。
ケイちゃんは、高校卒業の前に亡くなったこと。
ケイちゃんは、大学に行きたがっていたこと。
ケイちゃんは、純子さんの限りなく恋人に近い、友人だったこと。
「ふう……」
これから、その「ケイちゃん」っていう会ったことも話したこともない人のところに、僕は行くわけで。昔の自分なら絶対にできなかったことだと思う。それは多分、彼女がそばにいるから……なわけで。
窓から降りてきた冷気で喉が刺激され、何回か咳き込んだら横で眠っていたジュンが目を覚ました。
「ん……、ゴメン。寝てた」
「みたいですね」
ジュンは寝起きの瞳をごしごしこすった。
こらこら、そんなに擦ったら腫れてしまうよ。
「今、ドコ?」
さっき見た地名を答えたら、彼女は「もうスグだ」と言って欠伸を一つした。

「ケイちゃん」が近づくにつれて、ジュンは意識的にか無意識にか自分の光を段々と抑えていった。それが目の見えないという彼に対するものなのかと思うと、僕は少し胸がちりちりした。
そして、電車はついに到着した。ここはジュンの故郷であり、ケイちゃんの眠る地だ。お墓へと向かう道すがら、彼女は風景を懐かしみながら話し始めた。
「ケイちゃんはね」
「うん?」
ジュンは晴れた空を見上げて、眩しそうに目を細めた。
「『大理石骨病』っていうビョーキ、だったんだ」
「大理……石?」
「うん。骨の中がね、石みたいに硬くなるの」
人間の骨の中には、血液を作る骨髄がある。
それすらも硬くなってしまったら、血液は一体どうなるっていうんだ。
生物1Bの記憶を呼び起こしている僕にジュンは微笑んで答えた。
「古くなった骨を壊す『破骨細胞』っていうヤツがうまく機能しないから、古い骨がどんどんどんどんタマってくんだ。骨髄のあるバショが狭まっていって、最後には無くなってしまうンだって言ってた」
そう言っていたのは、ケイちゃんなのだろうか。また僕の胸が焼けつくように疼いた。
それから、ジュンは彼との思い出をぽつりぽつりと話していった。


私が廣野圭一と言葉を交わしたのは、蝉がわんわん鳴く頃だった。目の見えない同級生がいるということは、入学式後の担任の説明で聞いていた。確か、点字教科書を使ってベンキョしてるんだとかナントカ言っていたような気がする。
ある日のこと、私の前を歩く廣野が目に入った。同じカエリミチなんだ、と思いながらもその時は別段声をかけようとは思っていなかった。
ウチは古い町だ。狭い道にはヒトのための歩道が無く、すぐ側を車が通り過ぎるような所だった。杖を片手に軽快な足取りの廣野の前には、路上駐車している車がいた。
あっぶない!
私はスグに走り出した。でも、彼と車との距離はじりじりと近づいていく。
間に合わない!
「廣野!回れ右ィッ!」
廣野はびくっと身体を跳ね上がらせ、素直にくるんと回れ右をした。私はほっとして、小走りに近づいてカラ彼に声をかけた。
「大丈夫か?全く…、こんなトコに車を停めるなんてどうかシてる!」
「車?」
廣野は杖をひょいと伸ばして、車のタイヤにこつんと当てた。
「ああ、本当だ」
思ったより快活な声だったのに驚いたのを覚えている。もっと、辛そうな声かと思ってた。
私が何も言えずにいると、廣野が喋りだした。
「一応、杖で車があるってのはわかるんだけど。こう……」
そう言うと、彼はそのままツカツカ歩いていった。
「危ナイってば!」
車のサイドミラーぎりぎりの所で彼は止まった。
「こういうのは、杖でわかんねぇから。だから、助かった。あんがと」
うまくサイドミラーを避けてから、「でも、回れ右なんて言われたのは初めてだな」とくすくす笑った。
それから、私と廣野はどんどん仲良くなっていった。イマまでの不知の時間を取り戻すかのように。
彼の視力は全く無く、かろうじて光を感じることができるダケだと聞いた。骨の変形が原因で、視神経をアッパクしたためだそうだ。
こんなヒドイ話でも、彼は努めて気丈に話してくれた。
「病気のおかげでわかったこともあるからな。まんざらでもねぇよ」
なんて強いヒトだと思った。そういう風に口に出せるまでに、たくさんのイヤなこともたくさんの不条理も感じたことがあっただろう。でも、ソノコトについて彼は一言も漏らさなかった。少し私が寂しさを感じてしまうくらいに。


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