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かつて純子かく語りき
【学園物 官能小説】

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かつて滝田かく語りき-1

滝田学、20歳。日本文学を専攻している大学2年生。只今、村井純子さんと不純異性交遊をしている。
僕の彼女は、親子丼より始まる食べ物全般が何っ…でも好きだ。そして一口ほおばった途端に、ふにゃふにゃと無防備な笑顔を見せる。僕はそんな表情を見る度に、萎縮した心がやわらかくなっていくのを感じていた。
彼女は穏やかな顔をしていたかと思うと、突然真っ直ぐな瞳で僕を見つめることがあった。その目と向き合った途端、僕は自分の奥底にある全てを見透かされているような気がした。
不思議な、僕の彼女。

前を歩くジュンが振り向いた。
「何考えてるンだ?タキタ」
そう、その顔。
いま彼女の瞳には、僕しか映っていない。


彼女との出会いは、僕が大学に入学したばかりの頃に溯る。文学部での新入生オリエンテーションに参加した僕は、講堂を満たす、むせかえる程の初々しさに辟易していた。
「実家、どこ?」から話が始まり、やれ同郷だのやれ同校だので盛り上がる。春独特のそわそわした雰囲気、僕はそれに吐き気すら覚えた。
やがてマイクを持った壮年の男性が、大学生活のいろはを語りだした。新入生の中には、熱心に頷く者、丁寧にメモを取る者もいた。
僕は窓の外に広がる晴れた空ばかりを眺めていた。別に空が好きだからというわけじゃない。「ご静聴」という有り余る時間を消費するには、こうするしかなかったからだ。
「はぁあ……」
言葉が多くて足りない説明に、僕は長いため息をついた。しばらくして、男性が拍手を受けて教壇を降り、やっと長い拘束から解放される時が来た。
早く透明な空気が吸いたくて、僕は真っ先に立ち上がった。足早に入り口へと向かう。
コツン
腕に何かが当たった。どうせ誰かがぶつかったんだろう、と僕は目もくれなかった。
人に当たろうが何だろうが、誰も何も言いやしない。不愉快な顔をするだけだ。
僕はそのまま立ち去ろうとした。
「すまん!」
背後から声を掛けられ、目を見開いた。
謝る価値のあることか?これくらいが。人と関わる程の出来事なのか?
奇特な人間がいたもんだと思い、声のした方を見やった。
そこには、真っ黒な髪を腰の辺りまで伸ばした、すらりとした女性が立っていた。僕から目を反らさず、真正面から飛び込んでくる。僕は慌てて目を逸らした。
「急いでいるんだ。申し訳なかった」
その人は、きれいにお辞儀をして走り去った。
実に、風のように。

鎖でがんじがらめに縛り、幾重にも鍵をかけておいたはずの僕の心を、素手であっさりと掴まれた気がした。
あの大きく黒い瞳に。


隣りで安らかな笑顔を見せる彼女に、抱き締めたくなる衝動をじっと堪えて僕は答えた。
「ジュンのことを考えていたんですよ」
どうしても僕は彼女を見ると笑顔になってしまうらしい。当人は、それがコドモ扱いされているみたいだ、と気にくわないそうだが。
仕方ないじゃないか。だって、あなたがこんなにも愛しいんだから。
「まぁた。ソンナことを言う!」
ズビシと僕の顔を指さす。
「こら。人に指差しちゃいけません」
僕は彼女の指を手できゅっと包み込み、
「本当に、考えてたんだから」
と言うと、今度は少し頬を紅く染めて、そっぽを向いてしまった。
くるくる表情の変わるジュンを見ていたら、僕の分まで笑ったり、泣いたり、怒ったりしてくれてるんじゃないかと思う時がある。


僕が大学で日本文学を専攻した理由の一つは、中学生の頃に読んだ夏目漱石の『こころ』だった。僕の中にも、彼のような激情が埋もれているのかと空恐ろしくなったものだ。
しかし、人間というのは自分が知らないだけで、もの凄い力を持っているのかもしれない。
現に彼女はそうだった。
「ココ、いいか?」
日本文学の研究室は、学生一人一人に席があるわけではない。図書館のように、いわば早い者勝ちで着席する。
「……ええ」
「サンキュ」
彼女はにっこり笑ってお礼を言い、僕の隣りに座った。その時の僕には聞きたいことがたくさんあった、と思う。
『オリエンテーションの日、どうしてあんなに急いでいたんですか?』
『あなたも、日本文学専攻なんですね』
『あなたの名前は?』
『僕は滝田学です』
心の中がぐちゃぐちゃにかき乱れ、じっと座って勉強なんてしていられなかった。
もう駄目だ。この場を逃げ出そうと思った時、彼女がカバンの中からごそごそと何かを取り出したのだ。
カサカサ……
取り上げたのは、自分の顔くらいあるんじゃないかと思う大きさのメロンパンだった。
ぱりんっ
勢いよく袋の口を開けると、彼女は両手をぱんと合わせて小さく礼をした。
「イタダキマス」
ぱくっ
もぐもぐもぐ
「………ンむふ」
満足、と言わんばかりのため息が漏れる。
「…ははっ」
僕は自分でも知らぬ内に笑っていた。
「?」
少しつり上がった黒い瞳の中に、僕が居た。彼女はメロンパンをごくんと飲み込んでから、「なぁに?」と問うた。
自分自身、何故笑っているのかわからなかったけれど、彼女の何かが僕を感動させたんだということには気付いていた。
「いや、その、すごく美味しそうに食べているので……」
「ウマいモン食べてんだから、当たりマエだろう?」
彼女はそんなことを言うなんて不思議なヤツだ、と言ってまた食べ始めた。
ジュンにとってはいつものことだったのかもしれないけれど、僕にとっては、とてもとても新鮮なことだったんだ。自分のありのままを出すということが。
その日を境に、僕の世界は少しずつ彩りを取り戻していった。心の奥底にしまい込んで、自分でさえ何処へやったか忘れてしまっていた感情を、ジュンが呼び起こしてくれたんだと思う。

彼女が空を見上げれば、僕も空を見上げた。
彼女が辛そうな顔をしたら、僕までも悲しくなった。
彼女が幸せそうな顔をしたら、僕の一日は幸せだった。


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