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走馬灯
【その他 官能小説】

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走馬灯-7

走馬灯…か。死ぬ寸前に見るというもの。本来の伝承であれば、走馬灯は懐古することを指す。死ぬ寸前の者はそれを見るに忙しく、伝えられない。死ねば口なし。元来、事実は小説より奇なり。俺だけに許されていると勝手な都合に留めよう。変えられることのみが重要視されうる事象であり希望なのだ。

前回の俺は死を選んだ。変えられる。それはよく分かった。値しないのであればこれ以上恥をさらす必要はない。幕を閉じて繰り返しを強く望まねばいい。何度目かは分からないが、今の俺には初めて生まれた向上心。

このシーンに終わりが来た。生かす価値があると判断することが出来たなら、あとは自分という大きな敵に、いかに指摘が出来るか。田宮を教祖とする田宮教の思想をいかに崩すか。あの時が来る前に、今ではない機会に動き出せばいい。何故か、この時にはこうしよう、と浮かばないが手を尽くそう。この旅の終着点は見えているのだから。次はどこに行くのだろう。少しずつ閉じていくファインダーに田宮の作り笑いを引っかけた。





今となってはとても懐かしい気がする。体感時間では1日にも満たないのに、こんなにも恋しくなるとは。 仕事は好きだった。自分の考えが形になる部分だけ、だ。他の煩わしい部分に限っては別。例えば人付き合い。例えばチームワーク。自分の本心以外には嘘をつかねばならないから。

いや、今思えば本心にも嘘をついていた気がする。嘘を塗り固める自分は、明らかに欲していなかった。仕方ない、面倒くさい。全ては砂時計の底にたまっていく嘘と滑り落ちる嘘のように繰り返される。全てが哀れな虚構だった。自らを癒し、砂時計をひっくり返しても繰り返される。たまっていく砂、流れていく砂。そんなものだと思っていた。

そんな自分が、だ。こんなオフィスをいとおしく思うだなんて。自らを問い直すと、朝の光はこんなにも美しく彩るものなのか。

課長の机の前に並んだフレッシュマンは、一人残らず緊張していた。既存の社員がこちらを見ている。中にはしかめっ面の社員もいる。理由は分かっている。後光だ。新入社員は太陽に背を向け、既存社員はもれた光にさいなまれていたのだ。専務と同じようにつるりと禿げ上がった課長の挨拶を、なんとか目を見開いて耐えねばならなかったものだ。よく晴れた日にはたまらなかった。

「今日から企画課に配属になりました田宮清二です。よろしくお願いします。」高くも低くもない、大きくも小さくもない声。なんとも面白味のない田宮の声。まばらな拍手。確かにそんなものだった。

「新入社員の真中かおりです。色々とお世話になります。諸先輩方に教えていただきながら早く一人前になりたいと思います。よろしくご指導ください。」抑揚のきいた声。何より持ち前の可愛らしさに初々しさがマッチし、男性職員から惜しみない拍手が送られる。照れ笑いしているかおりを横目に見る田宮、そして既存女性社員の冷めた視線。

そして俺の番か。「本日より企画課で勉強させていただきます、小林勝也です。一生懸命がんばります。よろしくお願いします。」確かこんなようなことを言っていた気がする。拍手もこんなぐらいだったろう。小林が対人用の才能を発揮するのはあと少し先の話だ。

物語や映画で見たことがある。過去は必要以上に変えてはならない。決まりだ。掟だ。鉄則だ。しかし俺は変える。別に小林をおとしめることなど、わけはない。今ここで裸になって課長の頭に性器を乗せ「チョンマゲ」と叫べば良い。確かに人を蹴落としてつかむ幸せもある。現時点では、する気はなかった。


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