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缶コーヒー
【青春 恋愛小説】

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缶コーヒー-6



 駅の東口にある映画館に連れて行かれた。学校から映画館まで一言も私達は言葉を交わさなかった。
「ねぇ、学生証出して。割り引きなんないから。」
「ちょっと待って。私達ジンジャーエール買いに来たんじゃなかったの。」
「普通、ジンジャーエール買うだけならこんな遠くまで来ないでしょ。早く学生証。」
私は財布から学生証を取り出し彼に渡した。
彼はフランス映画のチケットを二枚買ったようだった。
私の学生証を返しながらこう言った。
「川原美紀さんか。美紀でいい?」
「別にいいけど・・・。あなたは?」
「あぁ俺?小林良太。なんでもいいよ、好きなように呼んで。」
「小林良太・・・。」
「なんだよ。フルネームで呼ぶなよ。」
「そうじゃなくて、どこかで聞いた名前・・・。」
「なに、ナンパの決め台詞みたいなこと言うなよ。っていうか今時そんな手段でナンパする人も少ないだろうけどさ。まぁいいや。こんなありふれた名前どこにでもあるから気のせいじゃん?早く入ろう、美紀。」
私はのどに何かがひっかかっているような変な気分で良太についていった。
「ねぇ、美紀。」
微笑みながらこちらを振り向く良太。やはり何度見ても綺麗な顔で笑った顔がまたひどく美しかった。そこらへんのアイドルよりずっと美しいと思う。
そんな美少年に微笑まれるとつい恥ずかしくって顔があつくなる。
「なに?」
なるべく普通に答えた。
「美紀と俺って一歳しか年違わないよ。」
「じゃあまだ高三ってわけか。」
「まだじゃなくて、もうだよ。俺の中じゃ。」
「まだまだだよ。人生これからじゃない。」
「一歳しか変わんないじゃん。なんかホント言うことおばさんくさいな。」

良太は不思議な子だ。私は人見知りするタイプだから初対面の人、ましてや泥棒をしていた人と何故こんなに打ち解けているのかがわからなかった。まれに見る美少年ってやつだからかもしれない。良太には色気がある。何か不思議なオーラも持っている。それが私を引き付けたのかもしれない。

 映画を見終わった後、私達は公園に行って自販機で買ったジンジャーエールを飲んだ。
特に面白くもなかった映画だったので私も良太も映画の話をしなかった。
「キツイねこれ。炭酸。飲む前に鼻の奥のほうがシュワッてする。」
「それが美味しいんじゃない。」
「そうかぁ?よくわかんない。」
それから他愛のない話を続けた。初対面の人とお互い探りあいながら話したりするのが私は大の苦手なんだけど
良太とは不思議と話せた。それでも話すネタは尽きるものだ。
それから私達は話すことを探してしばらく沈黙をした。

どちらが先に沈黙をやぶるのだろう。そう考えてたら良太が口を開いた。
「家つまんないんだよね。っていうか辛い。」
ポツリと言う良太。
「新しいお母さんのせい?」
「まぁね。その前からつまんなかったけど、さらに辛さも増えた。なんか家族ごっこって感じだよ。」
「新しいお母さんのこと嫌いなの。」
「よくわかんない。好かれようとして必死になってるあの人見てるの息苦しい。桃子はさ、妹はさ、なんかあの人と気が合うみたいなんだよね。すっかりなついてて。」


―― 桃子・・・。桃子!?・・・小林桃子、小林剛史、小林良太・・。頭の中で人名が飛び交う。まさかでも。でもそうとしか考えられない。――
良太が何か話を続けているようだが耳に入らない。あまりのことに目まいがしてギュッと目を閉じた。


「ねぇ、聞いてる?」
良太の一言で現実に戻ってきた。気持ちを入れ替えて冷静に話した。
「あぁ、ごめん。ごめん。聞いてたよ。桃子ちゃんでしょ?」
――この子の母さんは私の母親――
こんな偶然が存在するのか・・・。
「そう桃子の心理が俺にはわからない。なんで他人をお母さんなんて呼ぶんだよ。なんかさ、ダサいかもしれないけど、俺の母さんは俺を産んでくれたあの人しかいないの。」
「本当のお母さんは今どこに?」
「わかんない。俺が六歳の時、蒸発した。俺たち置いてかれた。父さんそれからずっと一人で俺たちを育ててくれた。父さんはいつまでも母さんを想ってるのだと思った。そしたら急に変なおばさんが現れてさ。急に母親だって・・・。父さんは妙にデレデレしてるし気持ち悪いんだよ。俺の母ちゃんはどこ行ったんだよ。なんで俺たち置いていったんだよ。」
半分笑いながら良太は言った。
「なんで笑ってるのよ。辛いことなんでしょ?ねぇ、素直に泣いてみたら?」
「もう十一年も前の話だよ。涙も出ない。ただそんな人でも俺は母さんが好きだったんだ。」
「わかるよ。どんな人でも自分のお母さんは特別だよ。いなくなったら悲しいよ。」
再び沈黙した私達。いなくなった母のことを思い苦くて複雑な思いがした。
あなたの嫌いな新しいお母さんは私のたった一人の母親だ。


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