投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

「鬼と姫君」
【ファンタジー 恋愛小説】

「鬼と姫君」の最初へ 「鬼と姫君」 8 「鬼と姫君」 10 「鬼と姫君」の最後へ

「鬼と姫君」2章B-1

薄暗い部屋に戻ると、少しだけ波打つ感情が収まり、姫は束の間微睡んだ。


夢をみた。
夢の中で姫は、無邪気に鬼灯丸の後を追う童女に戻っていた。
前を行く鬼灯丸が、時々振り返っては姫に微笑む。
いっそ覚めないで欲しいような幸せな夢だったが、その気持ちとは裏腹に、無情にも幻はかき消えた。

目覚めると、辺りはすっかり濃密な闇の空気を纏っていた。
昼間の騒動が嘘のように、屋敷は森閑としている。
相変わらず明かりすらない部屋には姫一人である。

乳母や待女はどこへ行ったのだろうか。
或いはもう客人がみえて、そのもてなしに忙しいか―。

そよと木々を揺らす風は暖かで夏の気配を感じる。
望月のせいもあり、暗闇に目が慣れると庭はほの明るく、ふと姫が目を凝らすと人影が佇んでいるように見える。

否、真実佇んでいるのか―。

風で揺れる木々の中にあって少しも揺るがない。
つと、姫は部屋から足を踏み出して庭を凝視する。
ゆっくりと、人影のようなものが手招きしているようにみえた。

素足を庭に踏み出す。
姫には不思議と恐怖はなかった。
夜露を含んだ草を踏みしめて、吸い寄せられるように庭の奥へ進む。
歩む度に胸が高鳴る。
何故だろう。
人影を判別出来る距離になると、姫はほとんど駆け足になった。
長身の、その人影の髪の毛は満月の光を浴びて、それは美しく輝いていた。
姫が過去一度だけ見たことのある冴え冴えとした銀色に。
ひっそりと佇む姿はやはり儚げで、姫は幻が消えぬようそっと近づく。

あと数歩で手が届くというところで、長い腕が延びてきて姫を胸の中にすっぽりと包み込んだ。
その温かさに姫の視界が滲む。
「鬼灯丸―…」
姫がやっとの思いで、もう幾年も待ち焦がれていた名を呼んだ。

「よう覚えておくれじゃ」
低音にかわった声は耳に心地よい。
「さあ、よく顔をみせておくれ」
姫の両頬を大きな手で挟み仰向けさせる。
淡い榛色、光の加減によってはそれが紅にかわる瞳が姫に近づく。
通った鼻筋と品のいい口元。
面影はかわらず、大人びて一層玲瓏と侵し難い美しさを放っている。
今はただ静かに微笑を刻んでいて、その儚さを含む表情が姫の胸を打つ。

「大きゅうなられた。美しゅうなられた」
嬉しそうに声を弾ませて言うと、鬼灯丸また姫を力を込めてかき抱いた。

「―会いたかった―…」
言ってしまうと、姫は溢れる涙をとめられなかった。
姫の嗚咽を聞くと鬼灯丸は腕を緩め、優しく姫の頬を拭った。
幼い頃の出来事が重なる。

けれど。
かわらぬ昔の面影を残した鬼灯丸に一つだけ、けれど大きな差異を姫はみつけてしまっていた。
額の中程に、二つの小振りな角が空へと伸びていた。

鬼だ―。

月の光の中に佇む佳人は鬼だったのだ。
姫の視線を受けて、鬼灯丸がすこし笑う。
切なさを孕んで。


「鬼と姫君」の最初へ 「鬼と姫君」 8 「鬼と姫君」 10 「鬼と姫君」の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前