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「鬼と姫君」
【ファンタジー 恋愛小説】

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「鬼と姫君」2章B-2

「姫に知られることが恐ろしかった―。角が生える前に消えてしまいたかった。人として姫の記憶に残っていたかったのだ」
姫はそっと鬼灯丸の手をとり頬を寄せた。
夜気に触れ冷たくなっていたが、生きているという確かな温もりを感じる。

何と儚げで、美しく優しい鬼なのだろうか―。
愛しさが込み上げる。
と同時に呼び水になったのか、またしても雫が頬を伝う。
「おや、泣き虫」
鬼灯丸が笑って今度は唇で涙を受ける。

姫の頬は陶器のように滑らかだった。

「何をしておる!」

降ってきた声は突然で、寄り添う二人は屋敷を振り返る。
そこには招かれざる客、右馬佐と騒ぎを聞きつけた家人が目を見張っていた。
皆、月に照らされた鬼灯丸の異形に恐れをなして側に寄ることも考えつかない。
呆然と庭の二人を見つめている。

やがて、鬼灯丸の額に生えるものに気付いた侍女がひっと短く悲鳴を上げた。
「鬼にございます。鬼に…鬼に姫さまが―…」
侍女の声を機にざわざわと屋敷が震える。
鬼だ、鬼がでたと恐怖を含んだ声が広がる。

「我は玖珂山に住まう、鬼灯丸なる。安擦使の大納言の姫君が大層気に入った。故、連れて参ろうぞ」
突如、朗々とした声がざわめきを一閃する。
よく通る声は気高く、まるでどこぞの王のようでもある。

「な、何を申すか。たわけたことを。姫を離さぬか。さあ、姫こちらへ―…」
皆が怯む中、手を伸ばしたのは青ざめた父親、安擦使の大納言だった。
だが姫は、差し出された手を静かに見つめ、ゆっくりと首を左右に振る。
「いいえ。わたくしはこの鬼灯丸とともに参りとうございます」
屋敷の人々が一斉に息を飲んだ。
実は隣にいた鬼灯丸もこっそり驚いていた。
姫に言い寄る男を蹴散らすだけのつもりだったのだが―。

「馬鹿なことを―…。気でも触れたか。さあ、大人しゅうこちらへ。悪ふざけはそこまでじゃ」
狼狽えた安擦使の大納言が尚も言い募るが、姫はその場から頑として動かない。


「鬼に嫁ぐと申されるか。愚かな。貴女は私の妻になるのですよ」
それまで呆然と立ちすくんでいた、今日の賓客であったはずの右馬佐がやっと口を開いた。
内心は予想だにしなかったことに驚いていたが、口調は確かで揺るがない。

この事態を目の当たりにした今、右馬佐は姫をどうしても手に入れたくなった。

「無礼な。文も交わした記憶もないのに、よくもそのようなことをおっしゃるものです」
毅然と言い放す姫に、鬼灯丸と右馬佐は僅かに目を見張る。
怒気を含んだ姫は頬が少し上気し、より艶を得たようで、凛とした立ち姿も美しい。


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