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『花』
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『花』-3

「知らないな」
「まあいいわ」
 佳奈は溜め息をつく。いつも見ているはずのものさえ把握できていない弘樹に呆れている。弘樹が取得しているけど佳奈が捨てている情報だって沢山あるのだということを知らずに。
「とにかく、その友達が花に詳しいから、その子に相談に乗ってもらいましょう」
 言うやいなや、佳奈は自分のポケットから携帯電話を取り出し、誰かに電話を掛けてしまった。相手は例の友達だろう。その動作はあまりにスムーズで淀みが無く、弘樹が何か異論を挟むための隙間というものが無かった。佳奈のこういった強引さが、しかし弘樹は嫌いではなかった。
弘樹はいつも周囲の環境に流されて生きているようなところがあり、それはよく言えば順応性があるということだが、悪く言えば主体性が無いということだ。一方佳奈は、自分の意見を確固として持ち、それに自分も周囲の環境も従わせようとするエネルギーを持っている。弘樹には自分を動かしてくれる外側からのエネルギーが必要だったし、佳奈には自分のエネルギーをぶつける対象が必要なようだった。弘樹はマイナスで、佳奈はプラスなのだ。だからこそ互いにぶつかり合って、ゼロ地点をまたいで不安定に揺れ動きながらも、強い親和力を保っている。
……』


 カフェオレの入ったマグと、自分の分のコーヒーの入ったマグを両手に持ち、僕は部屋に戻ると、テレビがいつの間にか点けられていて、固いニュースキャスターの声が部屋の構成要素に加わっていた。さも大儀そうに、高速道路の込み具合について語っている。
「はい」
「ありがとう」
 彼女は、僕の手から直接はマグを受け取らず、テーブルの上に一度置かれてからそれを取りに手を伸ばす。コトリ、という乾いた音を中継にして交わされるやり取り。
 僕と彼女の間には、いつも何か中継が必要だ、と僕は思う。彼女もきっと思っている。いや、思っていると言うよりは、それを当然の形だと受け入れている。
 ニュースキャスターは淀みなく今日の出来事を話し続ける。そこでは情報の質に優劣は無い。地球の裏側で起こった大規模な事故で人が大勢死んだことも、関東近辺にできた新しい動物園に家族連れが大勢押しかけたことも、みんな同じくらいの真剣さと、同じくらいのどうでもよさを持って語られる。
「もうすぐ結婚するの」
 彼女は甘いカフェオレの水面を眺めながら言う。ニュースを読み上げるような中間的な声で。
「そう」
 とだけ僕は返す。
「驚いた?」
「うん」
 驚いた。でもそれは告げられた事実に対してではなく、僕の相槌が、同じように中間的な響きを持っていたことに対してだ。
「おめでとう」
 今度の声は中間点からは少し下にずれている。
「そういう台詞には、笑顔のひとつでも添えるものだと思わない?」
「そっちこそ、そういう報せはもっと嬉しそうにすべきものじゃないかな」
「そうね」
 どうにもぼやけてしまった会話の輪郭を正すために、僕は熱いコーヒーをわざと無理矢理口の中に流し込む。舌が火傷してざらついていくのがわかる。頭の芯がしっかりとする。
「聞いてもいい?」
「何を?」
「あまり幸せそうじゃない理由を」
 自分で言っていて、くだらない質問だと思う。僕はどんな回答が来れば満足なのだろう。
「好きでいるということは、必ずしも愛するということではない。好きでいるということは状態であり、愛するというのは行為である。状態とは受容するものであり、行為とは決定することである。」
 彼女はテレビの画面の上のほうに焦点をあわせながら淀みなく言い上げる。そこに腕のいいADがカンペでも出していたのだろうかと錯覚するような言い方だ。


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