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『スイッチ』
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『スイッチ』side boy-2

ピピピ…ピピピ…
(あ、れ?)
鳴り続ける着信音で、沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
ディスプレイに表示されてるのは『天野 康平』の文字。
「もしもし?」
『信之介いまどこだ?』
「えーと…」
『これから飲み行かない?』
ありがたい先輩からのお誘いだけど、今日仕事だったような…。
残業がどーのと喋っている天野さんに悪いと思いつつ、耳から携帯を離す。
「うお、もう18時過ぎてる」
『もしもーし?』
「あ、すいません。今日はちょっと…」
『お前も用事あるのかー。さっき藤森さんにも振られたんだよね、残業長引きそうだからって』
「…なんですかその報告」
『ま、いいか。藤森さんいないと信之介は寂しくて寂しくて…』
「あー! も、そんなんじゃっ! てか声でかい!」
まだ職場にいるだろうに、大声でそんなこと言われたら寝ぼけた頭も慌てて回転しだす。
心底楽しそうに笑ってから、またなーと一本的に終わる通話。
職場からの電話ならきっと休憩室からで、残業前の一服にとゆきちゃんが通りかかってもおかしくない。
飲みに誘い合ったり出来るなんて思ってなかった頃、ゆきちゃんと同期入社だった天野さんについ喋ってしまった僕。
兄貴肌の天野さんは何かと僕とゆきちゃんをセットで呼んでくれて、職場の外で会えるようにと協力してくれる。
「今日も残業なのか…」
そういえば最近、定時で帰る彼女を見てない。会社の下のコンビニから、カップスープのはいった袋をさげてるのはよく見るけれど。
(だから痩せたのか?)
痩せたというか、やつれたというか、あんまり顔色がよろしくない。そのうち透けてしまうんじゃないだろうか。
「レディーの冷蔵庫、勝手に開けるのもどーかとは思うけど…」
一人暮らしで毎日遅くまで仕事してるから、きっと出来立ての晩ご飯を喜んでくれるんじゃないだろうか。
友達の話じゃ、家に帰ったらご飯が出来てる環境に戻りたいなんて話をよく聞くし。
料理に自信があるわけじゃないけど、恋する男の子、頑張ります。


――ピンポーン
ご飯も炊けてちょうどひと段落したちょうどそのとき。
――ピンポン、ピンポン!
「はいはーい」
確認なんて適当に済ませて、急いでドアを開ける。
「おかえりー!」
「…ただいま」
ぽかんとした顔して、携帯にぎりしめたゆきちゃんを出迎える。
「帰らなかったの?」
何でいるの?って顔に書いてある。
帰るつもりだったのは内緒。気づいたら寝てて、一日中部屋にいたなんて、そのまま言ったらたぶんドン引きでしょう?
「残業おつかれさま。ご飯もうちょっとで出来るから」
勝手に冷蔵庫の中身使ってごめんねというと、お腹空いたからあたしも手伝うってとびきりの笑顔で返してくれた。
料理しなさそうなんて思ってたけど、危なげもない包丁さばき。手馴れた感じでたまねぎをみじん切りにして、いい匂いのするスープを作り出す。
「しんちゃん、ちょっとごめん」
「うん?」
「や、そこの引き出しにコンソメが…」
このシチュエーションがこの上なく幸せだ。ちょっと夢だったんです、好きな子と一緒に料理するのが。
ベタだけど、新婚さんごっこみたいじゃない?
二人じゃ狭いキッチンで時々ぶつかりながら、美味しそうな匂いが漂いだす。
「んー、足がだるい」
立ちっぱなしだったからむくんでるかも、なんていいながらスープを混ぜてるゆきちゃん。
「スープできるまで、ちょっと休憩しよう?」
たまねぎがなかなか溶けてくれないと文句いってるゆきちゃんに、一服でもしましょと僕は火を止めて灰皿の用意。


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