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『スイッチ』
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『スイッチ』-1

『LOVE BEAT』
体がだるい。頭もだるい。
昨日の夜は会社の送別会で、あたしはこれでもかってぐらいはしゃいで飲みまくったんだ。
『飲み足りなーい!』
なんて、ハイペースで飲みまくり。元々お酒にゃ強いほうだけど、さすがに飲みすぎた。
「ゆきちゃん、朝だよー」
「ん…わかってるぅ」
丸めた背中を揺らすのは、一つ年上のおにーさんで、飲み仲間で、同僚のしんちゃん。
会社に近いあたしの家によく泊まっていくメンバーの一人だ。
のそのそ布団から這い出して…20分。
「おし!」
顔よし、服よし、髪型よし。
おはようございます、藤森ゆきです。
昨夜のお酒は抜け切ってないけど、このぐらいで休んでられない。だってしがない契約社員ですもの。
「じゃ、いってきまーす」
洗面所で歯磨き中のしんちゃんに一声かけて、あたしはいざ仕事へ。
だるさも吹き飛ばすぐらいの忙しい一日。
きっちり残業までこなして、仕事終わりの一服も終了。
会社から家まで徒歩10分以内、なんて素敵な環境だろう。
外はまだ肌寒いからきっちりとコートを着込んで、ただいま我が家。
お泊りメンバーが定着した頃にできた約束事。一緒に部屋を出ないときは、ポストの中に鍵を入れておくこと。
いらないダイレクトメールなんかと一緒に、きっと家の鍵があるはず。
「…あれ?」
珍しく何も入ってないポスト。もちろん鍵も。
不信感たっぷり。鍵入れるの忘れたのか?
携帯にぎりしめて自分の部屋のチャイムを鳴らしてみる。
バタバタと足音がして
「おかえりー!」
「…ただいま」
朝と違って頭ぼさぼさじゃないけど、お出迎えしてくれたのはしんちゃん。
ついでに、部屋の中から空腹には刺激の強い、ご飯の炊けてるいい匂い。
「帰らなかったの?」
「うん。なんか帰るのめんどくさくって」
くるりと背中を向けてから、やることないからいっぱい昼寝してたんだけどね、という。
「そっか」
狭いキッチン、二人並ぶと更に狭い。
しんちゃん、柳木信之介の家は遠い。実家住まいで、会社までバス一本だけど、1時間半はかかる。
でも、帰るのが面倒なんて言われたの、初めてなんですけど。
「いい匂いしてきた」
じゅーじゅーときつね色に焼けてるチキンソテーをひょいとひっくり返す。
真剣な顔して焼き加減と戦ってるしんちゃんを横目に、あたしはトマト風味のスープをゆっくりかき混ぜる。
なんでもない職場の話とか、しんちゃんのやってるバンドの話なんかしながら、ほんのりソースが焦げた頃。
「よし、信之介特性チキンソテー完成!」
満足気な顔して、見て見てとフライパンの中身をあたしに見せる。
「スープはもうちょいかかるかなぁ」
食べられるけど、どうせならたまねぎがもう少しとけたぐらいがおいしい。
「ね、ゆきち」
「うん?」
最近しんちゃんは、あたしをゆきちと呼ぶ。みんなが藤森さんとか藤森ちゃんって呼び方から、ゆきちゃんにすっかり代わった頃からかな。
最初は違和感たっぷりだったけど、なんだか慣れてしまった。


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