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きみきみ さくらに ねがいごと
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きみきみ さくらに ねがいごと-6

「………」
「おかえりなさい」
家に帰ると、桜が飯を炊いていた。
へらっと笑い、桜は言う。
「いやあ、大学には人がたくさんいますねえ。男性も女性も同じくらい! 昔は女性の姿なんてほとんど見ませんでしたけれど」
言いながら、何を作っているのだろうか鍋の中からスープを一すくいして味見していた。
「うん、いい味ですね。今日は豚汁ですよ」
「………」
俺は桜を一瞥してから無言で部屋に上がり、蒲団の上に身を横たえた。
「おばさん達がね、木の下でよく話しているんですよ。旦那や子供の話から、晩御飯のことまで。熱心に豚汁の作り方を話す方もいましてねえ。何回も話すもんだから、すっかり覚えてしまったんです」
一方的な桜の言葉は聞き流していた。読みかけの本を開き、少し読むが、気が乗らず閉じる。それを何冊かやってから、俺は深くため息をついた。
そこへ桜がお盆に茶碗を載せてやってくる。
「どうぞ、でき上がりましたよ」
桜のくせに、料理は上手いらしい。豚汁も飯も、いつも俺が作るよりずっと美味かった。
「うん、美味しい。豚汁どうです? 美味しいでしょう!」
「………」
何気なく、なのだろう。
「竜三殿」
質問には答えずもくもくと飯を食べる俺に、桜は言った。
「なぜ、笑わないのですか?」
「ッ」
その質問に、俺は思わず飯を喉に詰まらせる。

「昨日から、ずっとむつかしい顔をしているじゃないですか。ほら、もっと笑った方が……」
「……なんかに」
「え?」
「お前なんかに、何が分かるんだよ!」
俺はいつの間にか立ち上がり、桜に向って怒鳴っていた。
「楽しいのに笑えるか! へらへら笑いやがって、何がそんなに楽しいんだよ!」
かっとなって言った言葉だった。
息を荒げる俺を、桜は見上げた。
「……笑顔はそれだけで人を幸せにします」
桜は、今までの笑みを消して――いや、正確には薄っすらと笑みを湛えたままで言った。
「花が咲くと、人は喜んでくれるでしょう? 咲くということ。それは私たち花が笑っているんです。晴れの時には嬉しくて笑って、雨の時には少しでも明るい気分になってもらいたくて笑う。それが――花を咲かせることが仕事ではあるけれど、いえ、だからこそ私たちは笑うことに誇りを持っています。私に限っていえば、花を咲かせることができるのは春のうちだけ。だから、せめて春の間だけでも笑っていたいんです」
そう言って、桜は今までで一番切ない笑みを浮かべた。
俺は俯き、思わず怒鳴ってしまったことを後悔した。
「でも、もし私が笑っているのが嫌なら――笑うのは、辞めます」
「!」
俯いていた面を上げると、そこには半分身体の透けた桜の姿があった。
「ほんの一日だけでしたが、楽しかったですよ。ありがとう、竜三殿」
再び浮かべる笑顔はやはり切なく――俺は唇を噛みしめた。
目を伏せて消えゆく桜の姿。奴の口元はもう笑ってはいなかった。
桜が完全に消えてしまうと、俺はひとり、言い知れぬほどの孤独と後悔を感じていた。


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