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きみきみ さくらに ねがいごと
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きみきみ さくらに ねがいごと-7

桜が俺の前に現れ、そして消えてから数日経ったある日のことだった。
俺は商店街を抜けた公園の前に立っていた。
あれから何となくあの桜を見るのが後ろめたくて、公園を避け遠回りをして大学や図書館へ通っていた。しかしその日は何となく、またいつもの道を通ってみようと思い立ったのだ。
商店街を抜ければ、桜並木が目に入る。しかし、いつもなら静かな公園が、やけに騒がしいのに気がついた。花見で騒いでいるといった様子ではない。
俺は人だかりを掻き分ける。騒動の中心は、例の桜の木だった。
「!!」
俺は目を疑った。
「桜の花が……」
思わずそう零す。
「咲いて、ない……!?」
まったく咲いていないのだ。この前はあれだけ見事に咲いていたにもかかわらず、今はその見る影もない。不思議なのは、地面に桜の花びらが一枚もないことだ。散ってしまったわけではないらしい。
一方で桜並木の桜は以前と変わらず艶やかに咲いていた。
(……まさか)
俺があんなことを言ったから……?

『でも、もし私が笑っているのが嫌なら――笑うのは、辞めます』

桜の言葉が頭をよぎった。
(……俺には関係ない)
そうだ、俺には関係のないことだ。桜が笑っていようがいまいが、俺にはどうだっていいことだ。
踵を返すと、俺は人を掻き分け人だかりから抜け出た。噂を聞きつけた何社ものテレビ局がカメラを回し、記者達が桜の木を囲んでいるのを見やりながら。

俺がその場から立ち去ろうとすると、不意に誰かに腕を掴まれた。
「あの……この桜、どうしてしまったんでしょうかねえ」
見れば、七十代くらいの老人だった。
曲がった腰で老人は桜の木を見上げる。
「昔からね、毎年この桜を見るのが楽しみだったんですよ。最近まで臥せっていたものだから、今年は今日が初めてだったんだけどねえ……」
残念そうに言う老人の言葉に、俺もまた桜を見上げた。
咲き誇る他の桜達に囲まれ、その桜はまるで枯れてしまっているかのようだ。

『笑顔はそれだけで人を幸せにします』

桜の言葉と、あの寂しそうな表情を思い出す。
傍らの老人――いや老人だけでなく、その場にいた人々は皆不安げに桜の木を見上げていた。
「……ッ」
俺は唇を噛みしめ、拳をぎゅっと握りしめた。
そして、俺は再び人込みを掻き分けて人だかりの中心へと入っていく。
「桜ぁッ!!」
今まで、こんな大きな声を人前で出したことなんてなかった。
「桜、聞こえてるか!?」
それでも俺は、自分を止めることができなかった。
「俺……俺、お前が羨ましかったんだ……。 何の屈託もなく笑えて……でも俺は笑い方なんて知らなくて、笑えるお前が羨ましくて、笑えるお前に嫉妬して……」
周りなんて見えなかった。
「謝るよ! だから桜、笑ってくれよ、笑ってくれ! 俺は――いや、俺だけじゃなくて、皆が……」
ただひたすらに、俺は桜に向って声を張り上げた。
「皆がお前が笑うのを待っているんだ!!」


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